当画廊初登場の牛尾卓巳のご紹介をする。
牛尾卓巳は1969年広島生まれ。1995年武蔵野美大大学院デザイン専攻を卒業すると、テキスタイルアート分野のコンクールや賞に出品し、ファイバーアーティストとして活躍を始める。在学中の個展をはじめに、主にフェルト素材をもちいたインスタレーションを発表、羊毛の縮絨がもたらす皮のような凝縮された肌合いや絞りによる形態の変容を作品化してきた。
「ひとがた」といえばいいのか、そのオブジェは人がまとう「衣」の形を造形するが、なかに「人」は不在である。その空虚感と、「衣」の妙な実在感が、不思議な磁場を空間に成立させていた。
そんなクールな作品を発表している牛尾卓巳だったが、その素材でマフラーを織っているという。暖かい羊毛を使いながら、あちこちに隙間があるその「役にたつんだかたたないんだかわからない」マフラーをみて一目で気に入った私は、是非にと個展を依頼したのだった。
思えば一目惚れした去年の黒羽よしえさんのフェルトの帽子に続き、羊ものの第二弾であるが、年に一度くらいは触れるものがやりたいと「手」がうずくのである。
「羊力」といみじくも題された今展だが、まさしく私が魅了されているのは、この「羊」の持つ力なのだろう。毛に縮絨を掛けると「布」に変化する。その魔法のような力は、洋の東西を問わず古来から人類を寒気から守って来た。その素材に魅せられ、新たに違う可能性を引き出そうとするのもまた人類である。
牛尾作品はこのフェルトに隙間を与えた。本来隙間なく繊維が密着し板状になるのがフェルトである。そこに穴をあけてレースのような装飾性を加味したのである。あまり寒いときにはこの隙間のあるマフラーはものの用に立ちそうではないように思える。が、用から離れた美の独立というほど、とんがってもいない。さりげなく空気のすきまを創り出す自由さがその本領だろう。
実際首の回りに巻いて見ると、思いがけずふんわりとやさしい感じでまとわりついてくる。隙間はフェルトの特徴ともいえる硬さを、たくみに柔らかさに変える装置でもあったのだ。織りや編みの風合いを残しながら縮絨する技術がどのくらい大変なものか、わたしにはわからない。だが、直接はだにふれる感じで作者が空気まで計算しながら、この柔らかさを醸し出しているのだ、ということは実感できた。
現在、女子美大と家政大、東京デザイナー学院で講師を勤める牛尾卓巳は、テキスタイルという専攻のため学生時代から今にいたるまで女性陣に囲まれて制作している。精緻で美しいのに甘さがない、彼の制作にむける真摯な姿勢は女子学生たちのいい刺激になっていることだろう。今展でもマフラーという、ありふれた素材にあらゆる可能性を織り込んでみせてくれた。その前衛性と、目立たぬように隠された抒情性を矛盾なく成立せしめているのは、ひとえに彼の賢さによる。
すきま風すら取り込んで、牛尾卓巳のマフラーは人を温めるのである。