京都の伝説的人物、ほんやら洞及びBar八文字屋主人にして写真家の甲斐扶佐義氏の「生前遺作集」発売記念展が始まった。生きながら遺作集というところが甲斐伝説の伝説たる所以であるが、ご本人は今日の止まり木も決めず風の向くままふらりと登場といった態。
とはいえ久々の東京、旧知の方々が待ち構えてお祝いの宴となった。甲斐氏の傍らには、八文字屋スタッフにして歌姫の北園紗世ちゃんが控え、アカペラで独自構成のミニライブを。母方が奄美という紗世ちゃんの唄声は島唄の小節のようにパワフルながら微妙。挑むような唄声に、甲斐氏ご友人のくまさんや八田氏がコラボして思いがけぬセッションの場となった。その合間を縫うように甲斐氏の相棒ニコンのシャッター音がする。そのさりげなさを見て、甲斐氏の作品の被写体が自然な訳が解ったような気がした。撮る方が構えていないと、撮られる方も構えない。素顔をさらして許している顔である。印画紙のむこうの美女たちそれぞれが多様な人生を抱え、魅力的に生きているーそれらはある時はBar八文字屋のカウンターの中の、ある時は猫を見に行こうと誘った街の路地での「一瞬」に過ぎないが、そこに留められた彼女たちの姿は永遠のミューズのようだ。
まして画廊中に張り巡らされたそれら「一瞬」の重層を眺める時、京都というフィールドを彷徨うように歩いた甲斐氏の人生が降り積もって作った「時代」ともいうべき空間になっていることに驚く。
1970年代から2007年までの数十年、彼が出会った膨大な数の人間たちを思う。すでに鬼籍に入った方々も含めて、甲斐氏の指がシャッターを押した、彼が選んだ人々だ。彼の指の正直さにまずは敬意を、そして甲斐氏が「生前遺作集」として改めて検証しようとした世界にわたしも分け入ってみようと思う。
甲斐氏が自分のプロフィールとして用意したものは以下の通り。
1949年大分生まれ。同志社大学入学するも即除籍。1972年、岡林信康らと喫茶店「ほんやら洞」開店。一旦抜けるが現在カムバック。1985年木屋町通りにヤポネシアン・カフェ・バー「八文字屋」開店。写真集「京都猫さがし」(中公文庫)。「笑う鴨川」(リブロボート)。「八文字屋の美女たち」(八文字屋本)。また、近日刊行予定に「青春のほんやら洞・京都`68~74(月曜社)。