東京生まれながら十勝在住30年という戸張良彦の銀座初個展が開かれた。
日大芸術学科写真専攻卒の戸張が帯広に縁ができたのは卒業して間もない頃。弱冠24歳にしてかの地に渡り、鍬の代わりにカメラを携え営々と耕した大地は、いまこの真夏の銀座にあって涼風を送ってくれている。
最初に目にしたのは2004年に発表した「黒と白ノ覚醒図鑑」のシリーズだった。凝結し続ける「黒」と拡散し続ける「白」の接点が絵画的な余情を漂わせていて美しい写真だと思った。
今展でもこの延長の仕事を見せてくれるのかと楽しみにしていたところ、意外にも「青」の諧調が絶妙な「ノカビラマトリックス」という氷結した気泡を接写した作品をメインに展開してきた。聞けば個展開催が決まってから得た素材だという。
不思議なことに、いつも通っている道にある素材なのに目に入らない時は気がつかないもの。今回も突然目の前に現れたのだとか。ノカビラ湖というダム湖が氷結して出来た断層に封じ込められていた気泡の摩訶不思議な形象を発見したとき、「十勝rera図鑑」はスタートを切った。
そもそもreraという聞き慣れない言葉はアイヌ語で「風」を意味するらしい。零下30度という厳寒期の十勝を渡る風が作る様々な形象を、現場で記録する。この丹念な仕事を図鑑のように並べたのを見た時、「自然は芸術を模倣する」というどこかで読んだ言葉が浮かんで来た。アーティストは自然から多くのものを学ぶが、自然もまたあらかじめわかっていたかのように芸術を真似するという、この逆説を思い出したのだ。
すでにそこにあるものーただそれを見いだすのはヒトの力だ。見えるヒトの前にしか現れてこないものを戸張良彦はずっと探し続けているのだろう。今回は氷結した気泡という形で私たちの前に取り出してくれた。
この作品の前で見る人は何を思うだろう。ある人にはクラゲを思い、ある人は樹氷を想像する。実寸でわずか5cmに満たない世界が内包している世界は、写実を越えなにか細胞レベルのものに変化して私たちの遠い記憶をくすぐる。自分を生成する細胞を覗き込む「井戸」のような装置とでもいうのか。
帯広の風が作ったさまざまな形象が、有機体のように変化して色々なものを想起させていく「経験」をこれら作品群は提供してくれた。このreraシリーズが、さらに変幻自在に進化していくことを「図鑑」の採集者に期待しているところである。