トロントから斉藤祝子が帰国、悦子画廊では二年ぶりの展覧会が始まった。
聞けば、海外生活もはや33年余になるという。1955年に栃木県足利市に生まれ、20代の前半にドイツに留学し民俗学と地理、美術を学ぶ。1990年にベルリン芸術大学大学院修士課程を修了し当地で画家活動をはじめる。2000年に制作の拠点をベルリンからカナダのトロントに移し、同時に日本で定期的に作品を発表するようになる。
ヨーロッパを主な発表の場にしていた頃はギリシャ神話から画想を得ていたが、カナダに移住して植物の「種子」をテーマに「HERBARIUM 」シリーズを展開、ゲーテの色彩論を基調に「種」を命の象徴として描く独特のスタイルを追求してきた。
近年は作曲家の武満徹の曲からインスピレーションをもらい、その透明で深淵な作品世界とシンクロするような絵画上の表現を模索している。特に今年は武満徹の生誕80年にあたる年とのことで、今展のあと秋には武満ゆかりの飛騨古川町の美術館でオマージュ展を予定している。彼女の武満作品への取り組みの集大成となるに違いない。
さてここ10年、カナダのトロントでじっと内面を見つめるように制作してきた斉藤祝子は、20代はじめからの旅を終え故郷に拠点を移すことも考え始めているという。33年という時間は短くはないーが、これからの時間もまた短くない。離れて暮らした日本とまた出会うこともあるに違いない。
またアーチストネームとして「典子」から「祝子」に変えて二年。同姓同名の画家との重複を避けるためというが、彼女の精神性を思う時、「祝う子」と書いて「のりこ」という名は必然の帰結のような気がしてならない。 地球上のどこにいても、魂の形を描き、魂のありかを探し続けている一族の一人のように思えるのである。
風に乗る「種子」がしばし土にとどまり命の巡りをするように、魂の旅人が故郷に留まり、どんなテーマと巡り会っていくのか、いよいよ楽しみになってきた。