柴田悦子画廊では三度目の個展となる佛淵静子が登場。佛淵は1974年東京生まれ。’98年に多摩美大日本画科を、’00年に同大学院を修了すると個展やグループ展、公募展などへの出品を始め、当画廊との出会いは’07年の日本画四人展「plus#1」から。翌’08年に銀座個展デビューし,’09年の看護士シリーズで見物衆の耳目をそばだてる。
さて、正念場の三回目である今展。際立った人物の描写力があればこそ、佛淵ならではの「引き算」は生きて今年の画面は「線」の魅力を十分に堪能させてくれた。随分思い切った省略を試みたもの、と驚きをもってその鉄線描をみたが、毎日見ていても破綻を感じない。未完成と完成のぎりぎりまで自分を追い込んだその精神がみえた。
何年かその仕事を続けてみていると、格段に進化した、と思える時がある。本人には一歩ずつの階段でも、行くべき道が定まって集中して事にあたっている瞬間、ワープするのだろう。佛淵にとっては今展がそれだ。まだ未完であっても、紙を分ける一本の線が生きていた。
それがこれからの可能性を思わせて注目させる要素になったのだろう。今展では多くのコレクターが熱い視線を送ってくれ、いい出会いをもたらしてくれたことを特に記しておこう。
とはいえまだ三十路なかばをすぎたばかり。これからまた挑戦していくことは多い。和紙の空白が、空間として生きるために一本の線がどのくらい魅力的なものになって行くのか。先人たちの歩に学びながら、佛淵独自の「線」というものを目指していってほしい。
本展の作品たちに囲まれながら、この画家の震えるような神経が描く次の一作を夢想したのは私だけではあるまい。
明日咲く花のつぼみは、もうふっくらと膨らんでいる。