海外

イザベル・ビゲロー展

最終日の沖縄、八時三十八分に怒濤の梱包作業を終えて九時発の東京便に乗れたのは、まさしく奇跡だった。翌朝はイザベルの初日、いない訳にはいかない。泥縄とはいえ根性の帰還作戦だった。
すでに留守中、スタッフの美智子ちゃんが搬入を済ませてくれていて、完璧な準備態勢だったが無事初日が終わった時にはさすがにほっとしてへなへな~。
ニューヨークから届いたばかりの作品は、バーチャル展で御覧のようにビビットな色彩なのに、落ち着いた印象を与える平面。パネルにオイルで描いたというが、一見型染めの布を思わせる質感をもつ。また、龍安寺の石庭の印象を強くイメージさせるRed rocks と題された三点は、微妙に描き方捉え方をずらしながら面から線へと作品を抽象化させている。また、琳派的表現としての波や草への意匠的チャレンジも、イザベル画伯独特のマチエールとあいまって、なんとも不思議な空気を醸し出している。
2000年末初めて日本で個展をした折には、微妙な陰影を柔らかな色調のトーンで描いていたイザベル画伯、約四年の歳月の折々、送ってくれる個展のカードに「八ツ橋」のシルエットなどを認め、来日が彼女の中にひき起こした一種のカルチャーショックをうれしく思ったものだったが、今展でいよいよ本格的に自分のモティーフとして取り込んでいるのを確認し、粛然と対峙させていただく事となった。
伝統的な日本画の様式を当たり前のように享受し、あたかも自分のもののように感じながら、伝統的といわれる画題を伝統的な様式で、しかも自分のものとして描く人が今日本にはいない。本物が凄すぎて描けないのかもしれないが、海の向こうから王手!っと言う感じでイザベル画伯の「石」が届いた時、何か忘れていた宿題を目の前に出されたような感じがしたのが面白い。
もちろん違和感もあるし、表層的すぎると思わなくはないが、画伯の表現したかった世界は、ある種静謐な詩的イメージだろうから、その印象を第一義に味合わうとにわかに赤い石が奥行きをもち始めた。フラットな平面に心を寄せていくと、その磨かれた表面のにじんだような線が動き出すー前作の陰影シリーズの影のように。石たちを彩る赤も静かにその吸引力を強めていくかのようだ。一度この前で座禅でもしてみようか。
板東里佳画伯との御縁で、ギャラリー上田の上田恵社長を画廊にお迎えした。御同席は戦う精神科医・ドクター山下。この日は名誉の負傷を追って現れ、ここでは語れないその顛末などを夜中まで。また、現代美術の宴三君も共感をもって鑑賞してくれた。以下画像でご紹介。

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