未分類

齋藤 隆展 in New York

いよいよ今日はM.Y. Art Prospects URL/www.myartprospects.comにて齋藤隆展の初日。これから一か月展開される画伯の「墨聲紙韻」の世界がどんな反応をもたらすものか、お楽しみ。
ニューヨークと東京の画廊同士の交流プログラムの一貫として企画された今展、齋藤隆画伯の十年に及ぶ墨との格闘を伝えるもの。
実は画伯、1970年初頭、デュシャンやダリとも交流のあったStaempfli gallery でN.Y.デビュー。今回は二回目の発表である。約30年の時を経て、大きく作風を変えた画伯ー同じ白と黒の表現ながら、かたや西洋紙にコンテ、こなた和紙に墨。かつてはグリューネバルトの祭壇画に心酔した画伯が、この歳月の間により東洋に心をよせ、住処とする福島の廃屋「風騒居」で紡いだものがこの度の一連の作品である。
生と死の葛藤は一見身を潜め、枯れ木や干された鮭の頭に象徴される「風化」へと姿をかえた。幾重にも張り合わされた和紙の上に丹念に描かれたそれら形象は、生から死への時間を内包し、我々の視線をさらに内側に向かわせる装置のようだ。彼の枯れ木を見ていると、あちら側に引き込まれて戻れなくなるような目眩すら覚えたものだ。
毛ほどもの弛みも許さない画伯の仕事は、さらに近年ストイックさを加え、美とグロテスクの境目さえ無くした。対比は内在され、耳を澄まし、目を凝らし、全身で感じとらないとまるで自然にさえ見える。
かつて異様とも鬼とも形容された画伯の世界は、墨との格闘を通して
深化し、「墨を選び、表現を支える衝動は確固としてあるのか」という自省とともに、墨の声を聞き紙の風韻を思う心境に到達したのだ、と思う。
日本の画壇によらず、僻村の人家すらない孤独な環境で、ただ好きなように酒を飲み山中の風光に暮らす、という浮き世離れは思ってもなかなかできるものではない。今回、作品をN.Y.にもってくるにあたっても画伯は画伯のお考えがあったと思う。
悦子と美也子女史の企てに賛同してくださった画伯と、所蔵の作品を一部提供してくれた富山・立山画廊主人堀實紀男氏に心からの感謝を!
さてオープニングは以下の如く盛況裡に。美也子女史ご夫君ジェフ氏も大活躍。また、おりから一年間N.Y.滞在中の内田あぐり画伯とも旧交を暖め言う事なし。里佳画伯は今日がお誕生日。ベリーショートでさらに若返り、少年のようなりりしさ。ネイティブたちの英語の海を、さも分かるように泳ぎながら、悦子は今日はサンローラン。頭には先日万里子ママからもらったマキシムのお帽子でオホホ。
美也子女史は、墨にあわせてグレーのドレスでエレガントに。ジェフからは、ノーブラで着るよう指示があったそうだが却下。う~ん残念!
その後は女ばかりで怪しいモロッコ料理の店で、水パイプなど堪能。楽しい夜となった。まずは三泊五日世界征服の旅ご紹介まで。もうすぐ帰るよ~!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です