個展

直野恵子展ー三度目の挑戦!

直野画伯が女子美卒業まもない頃、悦子が画廊を開いた。何の御縁か忘れたが、よく展覧会を見にきてくれた彼女が、おずおずと「三人展をやりたいんですけど、、」と言い出したのが、開廊三年目だったか。
その「文月展」のメンバーが小林身和子・村越由子・直野恵子各画伯。創画会の勉強会仲間だった彼女たちそれぞれのデビュー戦も引受ける事となったのは、また浅からぬ御縁といえよう。
その直野画伯も三度目の個展。忘れていたが、悦子は「三年は見てあげる」とエラそーなことを言っていたらしい、ひぇ~!。その三年目という事でかなり緊張して作品を描いてきたという。
今回は人物に挑戦。ほとんど下の紙がみえるような薄い描画は、意外に大胆な線の集積である。ためらいとたゆたい、不安と希望が交差するような絵肌は、画伯らしい独特の詩情を伝える。
大作と強烈な個性が居並ぶ創画の会場にあっては、見逃されてしまいそうな繊細な画風だが、この薄描きで結構存在感があるのは、とことん自分の心のなかにあるものにこだわっているからだろう。
「あぁ それでも 私は祈っている」という画題の出品作。イラク戦争のさなかに描いたという。よく見ればかすかに赤い千羽鶴。外界の出来事から触発されて絵を描くことが多いと聞く。それが、彼女の手にかかると薄く織られた羽衣のような印象に。すべての重いもの醜悪なものが、一度濾過され一種悲しみを含んだ抒情に転化していく。
開高健に、戦場で見た散乱した死体の印象は確かに強烈だが、それよりそこに咲いていた名もない花を思い出す、というような一文があった。人は心のひだにいろんな景を隠している。それぞれの情景を、絵描きは絵で映し出していく他ないのだろう。
また「あぁ」という作品のみせるほのかな憂鬱。画面にはそれと判らぬよう「あ」の字が隠され、静かな佇まいの内側の叫びを象徴する。つたなさのなかに、このように豊かな情感を感じさせるお年頃になったか、と思うと悦子的には感無量。
迷い迷いしているうちに、本当の道にたどりつくこともよくある話。がむしゃらに、直野画伯一流の変な集中力を発揮して、そこを捜していくことだろう。まずは三年目クリア御慶。
画像はすっぺしゃるイイ男たちとご一緒の画伯。よかったね。

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