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吉川優展ー靉靆

吉川優の十周年記念展以来の個展が開催されている。
吉川優といえば、当画廊のオープン記念展以来節目節目に登場いただいている御大だ。1958年に山口生まれ、東京と大阪で育つ。その後名古屋の愛知県立芸大大学院で日本画を修めると、若く実力のある俊英として人気画家の道をひた走った。
幼少の頃から各地を転々とした吉川さんは、理想の天地を求め住み慣れた名古屋から現住する飯田の山中に居を移した。目の前に南アルプスの聖岳が屏風のように聳え立つ地である。かつては開拓の農民が切り開いたと思われる山中の台地に吉川さんのアトリエはある。冬場はアイスバーンとなって往来にも難渋するところだが、四季おりおりの眺望は素晴らしく吉川さんの作品の生まれる背景がここにあると頷かれる。
もうここで暮らすようになって17年になるという。村人にも愛され村立の吉川優美術館ができる予定ときくと、吉川さんもついに安住の地を得たかとうれしくなる。
吉川さんは20代から50才になる今まで、ひとときも休むことなく激しい美術界の動きのなかに独自のフィールドを築いて来た。浮世絵を思わせる色彩の繊細な農村風景から、中国宋元画の骨格正しい山水を背景にした山岳風景まで、あらゆるものに挑戦して吉川優の世界の幅を広げてきたといってもよい。
50才になったというこれからを展望する機会にと、今展を楽しみにしていたところ長谷川等伯の墨に感じるところがあったとのことで実験的な小品を描いてきた。雄渾とか壮大とか、今まで吉川さんの画風を語るときに使って来た語彙とはかけはなれた枯れた世界だった。あえていえば吉川優の匂いがしない。画家のエゴを取り払った世界を描こうとしているのだなと思った。いよいよこれからが佳境という訳だ。
画家は自らの内面世界を、見える対象の力を借りて描く。オリジナリティという画家の自我がそこに現れるわけだが、それが人の心に届くためにはある普遍化が必要である。ただ普遍といってもわかりやすければいい訳ではない。小倉遊亀先生がいったように「一枚の葉のなかに宇宙がある」境地までの途方もない闘いである。
なんでもないことをなんでもなく描く、ということの難しさは画家それぞれが一番よく知っていることだ。吉川優さんは、何をかいても吉川優の世界ができてしまうタイプの画家だけに、この無名性への挑戦は大変な勇気がいったことと思う。
ただごとを描いてただごとでなくしてしまう境地は、老成を重ねて自然にできていくのが一番だが、そうは問屋がおろさないのが難しいところ。意識してまだ見ぬ世界へと離陸した吉川優のゆくえを、少しどきどきしながら見守っていこうと思っている。

吉川優展ー靉靆” への2件のフィードバック

  1. 吉川 優さんの「久遠」があります。売却手続きはどのようにしたらよろしいでしょうか?

  2. 吉川 優さんの「久遠」があります。売却手続きはどのようにしたらよろしいでしょうか?

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