三年前ニューヨーク・ブルックリンのスタジオで作品を拝見して以来、さすがスイス人の律儀さで、新作の資料など常にメールで送付してくれていたニコール画伯の個展がいよいよ。 1967年スイスに生まれ、パリやバーゼル大学で美術史を修めたのち、1988年ベルリン美術大学で美術専攻。その後、ニューヨークのアートスチューデントリーグで学び、一年をバーゼルとニューヨーク半々に過ごす35才のニコール画伯。 アトリエで最初に作品をみた印象は、生地を思わせる黄色の色の重なりの美しさだったが、三年の歳月を経た今回の作品は、自然のうちにある要素から引き出された形象をもとに描かれた。重なりつつ、削り取られた多彩な色の集積は、華やかに彩られてはいるが、実に静かな抒情を湛えている。 彼女と知り合ったのは里佳画伯の御紹介だが、その日のうちにトロントの斎藤典子画伯と三人でフィラデルフィアの間島秀徳画伯のところに小旅行。穏やかで知的なお人柄に、ヨーロッパの奥深さをみた。 とはいえ、この日はたまたまペンギンの着ぐるみを持っていた悦子、間島画伯の留学していたペンシルバニア大の構内で、入れ代わり立ち代わり撮影会。そのままの格好でニューヨークまでバスで帰って来たが、目覚めれば側にいるはずのニコールと典子さんは、はるか前の席に…。 江戸の仇を長崎で、という訳ではないが、今回はスイスにちなんでハイジの衣装をニコール画伯のために。もちろん御国でも着た事のない衣裳だとか。 画伯の絵をみて一目惚れのテリー、日本で1番目のコレクターになってくれた。御礼に佐名子夫人にも衣裳を着てもらいスイス文化の普及を。後ろの方はスイス大使館の大平女史。早速駆けつけてくれて感謝感謝。 恐るべきは画家の力量。いきなり知的空間になった柴田悦子画廊。初日ばかりはニューヨークテイストでと、黒のスーツを久々にきてみたが、う〜ん、いいんじゃないの。すくなくてもハイジよりは無理がない。 右上は東京国際フォーラムで個展中の八木幾朗画伯の会場で銀子と。