グループ展

万葉を描く日本画展

万葉集4500余首のなかから、それぞれの画趣に合う一首を選び描くーという企てが、さいかや川崎店のあと連休をはさんでいよいよ開催された。
周知の通り、万葉集は現存する最古の歌集で7世紀半ばから8世紀半ばにかけて詠まれた歌が20巻におさめられている。天皇から庶民まで身分や歌風をこえて幅広く蒐められた歌垣は、その後千年の時を経ても多くの人々に愛され続けている。
普段、ことさらに万葉集といって本を繙かなくても百人一首や教科書で親しんだ歌も多くあり、その驚くべき浸透力には今更ながら瞠目するばかりである。
今展を構成する画家たちも、4500余首の歌たちに分け入ってその世界を自分たちの血肉とした。また、選んだ歌も多岐にわたり一首として重なりがなかったことも申し添えよう。
それぞれ案内状用に選んだ歌を50音順に記す。

池田美弥子 美奈の瀬・鎌倉由比ガ浜(4号)
ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の美奈の瀬川に潮満つなむか(詠み人しらず)
磯部光太郎 万葉の銀河 (8号)
天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎかくる見ゆ(柿本人麻呂)
織田有紀子 春の耳成山 6号
香具山は畝傍を愛しと耳成と相争ひき神代よりかくにあるらしいにしへもしかにあれこそうつせみも妻を争ふらしき(天智天皇)
越畑喜代美 恋する時に 60×15
卯の花の咲くとはなしにある人に恋ひやわたらむ片思にして(詠み人しらず)
小松謙一 ももいろの刻 6号
桜花時は過ぎねど見る人の恋ふる盛りと今し散るらむ(詠み人知らず)
鈴木強 笑うトラ 6号
虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍捕り来む剣太刀もが(境部王)
松谷千夏子  松枝  大衣
八千種の花は移ろふ常盤なる松のさ枝を我れは結ばな(大伴家持)
山下まゆみ 国見の歌(月)白虎 75×20
大和には群山あれど とりよろふ天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は煙立ち立つ 海原はかまめ立ち立つ うまし国ぞ あきづ島大和の国は(舒明天皇)
山田りえ  うつぎ 6号
佐伯山卯の花持ちし愛しきが手をし取りてば花は散るとも(詠み人しらず)

どうだろう、この選歌は。画想から入るか、歌から発想するか。それぞれの画家の意気込みがみえるようである。おおらかな恋の歌、国褒めの歌、植物の歌、東歌、果ては天体を巡る歌まで万葉びとの自由な発想の舟にのって、画家たちは大海に漕ぎ出したようだ。
自然や風光に自身の心情を託して謳う、といういかにも日本的な表現は絵の世界にも通底するもの。これ以後、幾万の歌がうまれテクニックの堆積のなかで徐々に本来の言葉の力がなくなってくるなか、何度もこの「古拙」に戻りここから力をもらって再生してきた事を考えると、本展の画家たちの挑戦も宜なるかなと思えるのである。
本来の「言葉」の力、「絵」の力は野太く直裁でストレートに胸に届くもの。「美」という衣にそれらを包みそれぞれの世界観を託す訳だが、時代が下ると衣の方が厚くなりすぎて中身が見えてこないようになる。
本展では、万葉の歌を借りて、もっと素直にもっと自由に発想しようという画家たちの意欲をかいま見せてもらった。回を重ねるごとにこの千年の時を超えた「言葉」と「絵」の往来は楽しいものになるに違いないと期待しているが、次の展開は如何に?
画像は万葉に因んで「草の宴」。野山に若菜を摘みにでた元乙女たちによる心尽くしの一夕である。ちなみに「この岡に菜摘ます児 家告らせ 名告らさね」と言い寄る殿方はいませんでしたな、残念ながら。

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