LABO展ー15th/今回はこれがみどころー麒麟画伯編

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学生時代からの愛称「きりん」を『麒麟』という雅号にしてはや二・三年。本名の直美落款の時はややおとなしめの画風だったが、名は体をあらわすもの、麒麟画伯となってからは走る走る…。
はじめて会った時は、まだおさげ髪の女学生。山脇のセーラー服がよく似合う受験生時代だった。数少ない現役合格の同級生中でも、とりわけお嬢様風だったが、描く絵は大胆そのもの。あ~思い出す、麒麟画伯の課題第一作目の百合の花。楚々とした風情のどこからこのモダンな構図と奔放な激流のような色彩がでてくるの?田舎のお嬢様だった悦子はびっくりしたもの。
その路線でいくのかと思いきや、本人の思惑はまた別なところにあったらしく、Labo15年の歴史中も絶えず模索していた感がある。実生活では、バリバリの仕事師でもあり、出世頭でもある彼女の生活は当然激務だったに違いないが、一度も休まずその都度の自分の感覚を誠実に追求してきた。
激流が伏流水となってさらにおいしくなるように、この軌跡を経ていきなり画風がバージョンアップした事を今回は特筆したい。迷いを断ち切って楽に筆を運んでるようにみえる本展の作中、まず『妖陽』が目についた。秋の日差しの中の、花々の輝き。麒麟画伯に見える陽のきらめきはいろいろな色を映し、絢爛豪華、しかも凛然としている。麒麟そのものの自画像とも言うべきこれら作品は、これが描きたいをストレートに具現化していて見事。
この歯切れの良さは、やはり江戸っ子の粋か。まさしく小股の切れ上がったいい女の啖呵を聞くような気持ちよさがある。その内に秘めた可憐さもまたいわずもがな…。

LABO展ー15th/今回はこれがみどころー平野画伯編

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アマ・ダリだのカゼ・サキだのヤト・ノ・ソラだの、詩的な画題で知られる平野画伯。高校時代はデビュー寸前までいったフォーク系のシンガーソングライター。文化祭ではどうも女の子がキャーキャー騒いでいたらしい。そのモテモテトシ君画伯も多摩美で麒麟ちゃんに出会ってからは、愛妻ひとすじ。同級生で結婚したうらやましいカップルであり、このLabo展でもお仲間。超激務の麒麟ちゃんを支えてご飯とかも作っちゃういい旦那なのである。
最近は多摩美の先輩・吉村君の経営する建築パースの会社の専務でばりばり仕事をするかたわら、個展で新境地を開いている。
一昨年くらいから描きはじめた湿度感あふれる墨の仕事がここへきてさらに深みを加えた。悦子の今回のお薦めはシロアト・ノ・ソラ。ぐいんとあっち側のもっていかれそうになる空の奥行きに参った。石川啄木の「不来方のお城の草に寝転びて空に吸はれし十五の心」という歌を思い出させる一作。自宅近くの小机城祉の上空はるか、雲と光のドラマをあかず眺める少年の気持にならせていただいた。そういえば、悦子のこの夏の一句「君とゐた夏から遠く仰向けり」という恥ずかしい青春句は、こんな空を見上げて出来た句。
今回のシリーズは箔使いも墨も岩絵の具も本格的な日本画のテクニック。それでいてけして古くさくないところがトシ君画伯の真骨頂かも。
また、加川良と石川セリ、友川かずき、浅川マキなど悦子を泣かせるCD持参できてくれるところも憎い。一朗君のあとはトシ君が音楽監督の画廊、いい感じに秋になってまっせ。

LABO展ー15th/今回はこれがみどころー越畑画伯編

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越畑みそそ画伯が永年温めていた構想にはじめて挑戦、愛猫の小龍(シャオロン)と好乞(ハオチ-)の絵を描いた。ちっともじっとしてないこの兄妹、画伯夫妻には子供以上の存在。いつ描くかと思われていたが、可愛さ余ると、なかなか手が出せないものらしい。
今回、その禁を破って挑戦したのは、実は茅ヶ崎の吉田春彦さんがくれた金泥が発端。すばらしい発色の金にほれぼれした画伯、これで何を描くか話しているうち、春彦さんが突然「猫脱糞図」はどうでしょうか、とめまいがするような御提案を。
たしかに猫百態の巻き物を、という話のなかではあったが…。かくして、画伯のあとに引けない果敢な猫との格闘がはじまった。とくに脱糞図は、前代未聞のチャレンジ。画伯も大変だったろうが、猫にも災難。どうもみられていると興がそがれるらしく、猫たちは非協力的だった模様ではある。それをなだめすかし、あの恍惚のポーズをゲットしたという。
常に側にいる猫たちだからこそ、捉えられたあの姿、この姿。みそそ画伯の秘蔵の金泥は、まだたっぷりあるはず。新たなモチーフを得てますますほわほわな時間を充実させるに違いない。
画像では、淡すぎて金泥の品のよさが伝わらないので、これは是非実物で御確認されるようお薦めする次第。よかですよ!

LABO展15年の軌跡

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越畑喜代美・平野俊一・麒麟画伯たちによるLABO展も今年で15回目。美大卒業後来年で20年たつというから、まったく時の過ぎるのは早いもの。
ギャラリー篁での初回からギャラリーいせよしを経て悦子画廊までの長い旅路、それぞれに紆余曲折を乗り越えつつよく続けてきたものと思う。
各年のニュースを記したDMは平野画伯の制作による。あ〜あったあったと振り返る事件の数々、画廊の入り口には第一回目からのスナップが飾られ、画伯たちのわか〜い時の記録にみんなキャアキャア。
思いがけず自分の姿を発見してびっくり、うれし恥ずかしのお客さまも。もちろん、会期中に撮影した画像も次々張られていきまるで壁新聞(古い?)。
今日の初日のパーティのシェフは、みそそ画伯のご主人・子犬タクシーのたっちゃん。朝の搬入後おうちでスパゲッティをゆで、また戻ってきてくれたえら〜い愛のサポート隊。このような方たちがいて画伯たちは絵が続けられる。伏して感謝を。
みそそ画伯の丹精した青トマトや野菜は、悦子的には日本一のおいしさ。会期中は補充される予定なので食べたい方は是非!
15周年を言祝ぎ、以下の画像のかたたちが初日に駆け付けてくれた。まずはご報告。

おまけーどっちが似てるでショー

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搬出もちゃんと夜中に終わり、見る間にからっぽになった画廊。明日からのLABO展は恐怖の当日搬入につき、今日はおまけ画像。
上は先日登場の京都のくりちゃん。骨格がにてると声も似るらしく木屋町のカラオケバーでは八木幾朗画伯をして、どっちが歌ってるかわからないといわしめた私たち。瓜南画伯にいわせると特に「そうそうそうそう!」といういい方がそっくりだそう。
くりちゃんは今京都のけもの道コースのバーの経営者だが、昔はならした踊り子。まるで悦子のできなかった人生を代わりに歩んでくれているようなうらやまし~いお方。踊っておじいちゃんおばあちゃんに感激の握手を求められたのも一緒。おおらか~なこの感じ、いいでしょ。実は京都のふる~いお家柄のお嬢様。この間、お家を引っ越ししたら4トントラック7台分のゴミがでたという。さぞやお宝がふくまれていたに違いないと思われるのだが、見ないで捨てたとか。悦子も見習わなくちゃ。
もうひとりのそっくりさんは、なにを隠そう武大人。武大人&悦夫人というコンビで今度沖縄で歌手デビューするかというノリ。目がつぶらでかわいい大人。ほっそりになってみたら、なんだかどこかで見たお顔、、、あら、私?おもえばおぢ化の進む悦子とおば化の進む武氏の微妙な接点が今かも。こんどは大人のおひげを借りて、悦大人&武夫人?

ニノミヤイチロウ展  最後の力ーさらばデクノボー

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今回もすんばらすぃーデクノボーシリーズを展開してくれた一朗クン。24時間一緒の合宿生活も今日でおしまい。
大阪のなるとん竹村記者も久々に上京、最近ご購入のマンションにとデクノ皿などをお買い上げ。景品の食器など使わないようにとよ~く言い聞かす(でもああいうのって壊れないんだよね)。
俳句のお友達、洋三郎、松助、磨女も来てくれ最後の宴。一朗クンの幼稚園からのお友達やら、大学時代の先輩・大見伸画伯やら遊見賢一画伯やら、軍艦島の写真で有名な雑賀雄二氏やら、最後のお客人のご接待に今日もおおわらわ。
無事、今年もデクノボーの神様が降臨して下さってにぎやかな日々となったことだった。昨日は銀子のカボチャの馬車、今日はランチアデルタの福田君の馬車でご帰還し、後は自宅合宿所でお疲れの一杯かな。やれやれ~!皆様にもデクノボーの力を!

ニノミヤイチロウ展 ブラボー!ライブな日々よ

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芸の道は深いもの。デクノボーの神様一朗君は音楽の道にも造詣が深い。中学時代はトランペット、高校時代はフォークギター、愛知芸大時代は彫刻科のくせして音楽学部のオーケストラでバイオリンを弾いていたらしい。息子の楽君にも正しく遺伝して、14才にして大人のミュージシャンを泣かせるジャズギターを弾いているという。
当然、お友達にも音楽系が多いのだが、今日はフォークの下村誠氏とブルースシンガーの高谷氏がくしくもご一緒に。絵描き系を代表して沖縄帰りの武大人もプロに混じって、歌のお披露目となった。
今日いらした方は超ラッキー!それぞれの熱唱に画廊はライブハウス状態。下村氏のジャニス、高谷氏のキングクリムゾンの声帯模写も最高で大受け。武大人のドラムス(缶による)もいい感じだし、みんな終電は大丈夫か?という時間まで大騒ぎ。
カリヤ淳子氏と下村氏は泡盛テンコ盛に意識不明状態。昨日に引き続き北海道物産を山ほど携えて、沖縄の牧ちゃんがきて皆様のアテンド役をしてくれ大助かり。
沖縄旅行組の松谷画伯と池田美弥子画伯はキジムナーを連れてきてるせいか笑いっぱなし。池田ダーリン義孝氏は少し遅れたため歌手の部デビューには間にあわず、残念。
芸は身を助けるとはよくいったもの。あれ、芸は身を滅ぼすだっけ?

ニノミヤイチロウ展 延々と宴また宴

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しばしの休息のあととはいえ、怒濤の宴会展。今日も昼過ぎからお供えの御馳走をたずさえた方たちがぞくぞくと。
お重が飛び交い(凄すぎ!)、お供えからおろされたお神酒が瞬く待に神隠しに。ふと気絶から目覚めると人が増えている。まぁ何人きても器には事欠かないし、檜や松のデクノちゃぶ台は売るほどあるので、くるしゅうないのだが。
創画会帰りの神彌佐子画伯、秦テルヲ展の合間をぬって練馬守野地氏の来廊の他、歌手の久恵ちゃんはコンサートでゲットしたお友達岡本氏、淳子ちゃんとご一緒に。カメラマンの坂野氏ご夫妻は毎回登場の御常連。
先日も来廊の吉村君は、地元下北沢のマドンナゆうちゃんをエスコートして。後から朋友キムケン氏も合流、いろんな奇遇の御縁が錯綜してえらいことになっていく。久保田の千寿をたずさえて来た久恵ちゃんのお友達花島ちゃんは、その登場を久しく待たれていたせいで名前が「せんじゅ」になってしまった。
また、磯野ちゃんも仕事場の後輩の洋子ちゃんとともに来廊。茅ヶ崎南郷生まれの磯野ちゃん、毎年茅ヶ崎ハスキーズギャラリーで個展しているという淳子ちゃんと意気投合。悦子も「NO WAR展」でダーちゃんの作品をつくった、あのかりや淳子と知ってびっくり。
久恵ちゃんはギターデュオ足立兄弟のお友達だとか。いっちゃんがあちこちいって知り合ってくる人と、悦子の知り合いが重なることにいちいち驚いてはいられないが、一年に一度しか会わないのになんとも不思議なこと。
デクノスプーンを様々に表現した画像を今日は。

ニノミヤイチロウ展 一夜明ければ…

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今回のデクノボーシリーズの新作に、デクノスプーンという名のものがある。ある時は小皿、ある時は杯、またある時は視力検査に使えるという逸品。スプーンを裏返すと、なにか懐かしいようなシルエット。こればかりは実際に使ってみないと、握りの具合とかわからないだろうなぁ。うふふ。
また、デクノポットのフタは、一個一個削り出された木製。これぞデクノボーならではの手間暇かかった仕事というもの。デクノジャーもまたしかり。楽しい形の中から、自分の目と手になじむ一個をさがすのが
本展の醍醐味かも。
昨日の宴の余韻漂う画廊では、北海道から来た紀子さん、きん妻れもんちゃんが早速視力検査。かなり怪しい図となった。
夕方にはスーパーりこちゃんや、永遠の青年吉村君、朋さんでの個展が終わったばかりの千々岩君、佐竹さんなどの他、秩父からいらして下さったハープ奏者の三宅さんなどでまたもやにぎやかな一時に。
まだ今年は開かれていないが、いっちゃんによるデクノボーよろず悩み事相談も受付中。人生変わるかも?

ニノミヤイチロウ展 デクノボーの生活 Vol.6

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神様がくれた休日は瞬く間に過ぎ、またもややくざな日々が。
真面目に事務処理とお掃除にあけくれるはずが、ふと気付くと沖縄行きのチケットを握りしめて機上の人になっていた悦子。今回のお休みはシーサー作家の宮城君がくれたもの。やはりご挨拶に行かねば…。ついでに、沖縄三越での展覧会もきめてきちゃおっと!な~んて理由は山ほどあるもの。もともと、沖縄取材の武大人同行で行くはずだった日程、連休のせいでチケットがとれず次の週に延期になったもの。すっかりその気になっているこの体、どうしてくれるのっ!って感じ?
デクノボーの本家が名古屋からくる前に、すでにデクノボー化している悦子、本部の朝日食堂の肉が食べたいばかりに痛風気味のセイヤを拝み倒し、はるばる北部まで遠征。銀子のために西平さんちの黒砂糖をゲットし、ついでに海まで。いつ見てもこの世とは思えぬほど美しい海でしばしマナティとなる。これよ、これ。これが休みというものよ~。ハードな日々のおかげで、久々にナイスバディをとりもどしつつある悦子だが、の~んびりだらだら快楽原則に忠実なほうが本来の姿。南方の太陽にエネルギーをいっぱいもらって帰る。
奇跡的というか、泥縄というか西山美智子ちゃんのお知恵を借りつつ画廊のお片付けを済まし、デクノボー本家・一朗クンとの合宿が今日から。
ぼーっとしてたら、星占いのあかりちゃんから電話があり、星のめぐりが変わったから動いたほうがいいと言われたという。その直後に悦子から展覧会の依頼電話があったらしい。トラックいっぱいのデクノボーセットとともに、東へ西へ居心地のいい空間をつくりにあらわれるいっちゃん。ラテン地区から帰ったばかりの悦子も時差を考えず楽にいられるありがた~いお方。
画廊はさすが休み明けだけあって、珍しい方もぞくぞく登場。手術後はじめて来廊の中村会長、うれしい生還におもわずハグハグ。ニューヨークの坂東優氏はしぶ~く登場するも、画廊のにぎやかさに思わずあとじさりしたところを、同じくしぶ~い系のいなさんにつかまる。福生の荒居氏、芸術新潮カメラマンの松藤氏、秋田の栄子ちゃん、いもきん小黒氏、テリー&佐名ちゃんも仕事後来てくれデクノボーの生活を。その他、本江氏間島氏などデクノボー系とは縁遠い方々も、デクノボーの神様にお参り。デクノボーの初日にふさわしい、にぎやかな幕開けになったことだった。

倉地画伯最終日

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小雨そぼふる搬入日にお目にかかった、中京大学Cスクウェアの森本学芸員氏が最終日にお約束通り御来廊。中国から帰国中のピンちゃんこと田建平画伯も駆け込み。悦子も駆け込みで一週間の総ざらいを。 愛知芸大からは画伯の研究室の教授磯見輝夫氏、笠井誠一氏、東京造形大学教授の原健氏、多摩美術大学教授の中村隆夫氏、倉地画伯の助手時代の主任教授天野邦弘氏などお歴々の他、版画家の井出創太郎氏、先日も御来廊の高浜氏などのお友達が次々と。お身内ではお兄さんの奥様の御登場。同い年の美しい義姉さまとご一緒のショットを。また、犬山の同級生の夏目陽氏も東京在住の同級生を代表して。 悦子関連では、京都の双子の妹くりちゃん、東京美術倶楽部で展覧会中の依田万実画伯、銀子などが最終コース。搬出を手伝ってくれた、倉地画伯ご学友の里美ちゃんも一緒に記念撮影、画伯は名古屋に無事ご帰還の運びに、、。お疲れさまでした。 明日からしばし常設、休息、行商、事務、掃除のまっとうな日々を送る悦子。くりちゃんの御紹介は日を改めて是非と思っているので乞うご期待。あ〜今日は飲むぞ〜

つまおり(端折)傘とは?

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倉地画伯の母方の実家は、元亀三年(1572)より続く朱傘・つまおり傘の製作所。おじいちゃんは県指定の無形文化財に指定される名人、十四代目にあたる倉地画伯のいとこは扶桑町指定の無形文化財とか。先日、御来廊のお母さまに、どんなものなのかお尋ねしたら早速送ってくださった。
大きいものは、七尺(210cm)の長柄、朱傘は法会や儀式の折に、つまおり傘は大名行列や遊女の道中にもつかわれ、最近ではお茶席の野だてなどに使用される由緒正しいものとのこと。
和傘といえば、蛇の目傘しか知らない悦子。それも最後に見たのはいつだったろうか。今回はじめてしげしげ見た傘の構造!う~ん、う、美しい!押上げとよばれる内側を飾る五色の絹糸は華麗に、傘の外側にでた骨は端折(つまおり)という名の通り内に折り曲げられて典雅に、一分の隙もなく造作されている。
さすが秀吉の醍醐の花見にもつかわれたという傘だけあって、朱の色も品がよくはなやか。一度この傘をつかって大見得を切りたいもの、と構想(妄想?)は膨らむ。いやいや、初代尾張公御用達の格調高い御傘、これは是非さしかけてもらいたいもの。くるしゅうないぞぇ。

一旦帰郷の画伯、赤坂の思ひ出

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悦子画廊で、銀子ちゃんといえばおいちい生活にかかせぬお人。名古屋からいらした倉地画伯のためにご用意したお店は、といえば…。と、そんなにもったいつけることではないが、今日は赤坂。
銀子のリサーチによると、歌舞伎の市川猿之助丈の稽古場に建てられた「うまや」というお店。猿之助プロデュースだけあって、和風の空間に歌舞伎のあれこれが。料亭街の奥まったところにあるので、やはり知る人ぞ知る、なんだろうがお値段はお手頃。
鳥好きの銀子を黙らせる九州の三瀬鶏だった、でも倉地画伯は名古屋コーチンの本場生まれ。かしわだったら、どえりゃ~うみゃ~でぃかんわと日々食しているに違いないのである。長久手町役場前にある「ひで」という店の焼き鳥は、首のところの肉でもここのゆうに三倍はあるそう。う~ん、あなどれない、うみゃぁ~もん好き。味ばかりでなく、量もか。しかも、おまけが大好きという気質。いい情報を得て、すかさず銀子は今度行く時のためにチェック。
倉地画伯は全名古屋人を代表して、名古屋コーチンの名店を探しだすお役目をいいつかる羽目になり、すでに頭のなかで誰に聞くか考えている様子。そういえば「みそカツエクレア」「えびふりゃエクレア」を来週おみやげに持ってきてくれるそうなので、ご興味のある方は金曜日くらいにどうぞ。ちなみに「金の鯱鉾シュークリーム」も是非みてみたいもの。まっとるでな~も。

倉地画伯と版画界のご友人

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先日来、御大の御登場が続く画廊。小口木版の小林敬生氏や、若月公平氏などをお迎えしていたが、今日は御意見番ともいうべき木村希八氏が…。
なにせ、この世界では伝説的なお方。眼光鋭く直裁なお言葉を頂き、お留守中の画伯のかわりに、しかと承る。いや~昔気質の骨太な気概は受けて気持ちよいもの。目に刻み付けさせていただいた。
さて、その後を受け継ぐ世代の、倉地画伯。今日は先輩作家にあたる清塚紀子氏と、タイでご一緒だった高浜氏ご夫妻がいらして、久々にゆっくりした一時を。
悦子は牧ねぇご恵贈のエスニック衣装で。らくちんらくちん。

倉地比沙支展 倉地な昼と美弥子の夜

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不埒だけど、倉地がどうしてもフラチと聞こえてしょうがない時があった。本人はいたって真面目な好男子なのに…。
倉地画伯は愛知芸大の官舎に住んでいるので、大学は目と鼻の先。朝早くから夜中まで研究室で制作に励んでいる。お酒も嫌いではないというから、たまには羽目を外したりもするのだろうが、どう想像をたくましくしても、不埒とは縁遠い性格。その落差に受けてしまったのかもと、今にして思う。
だがしかし、この作品世界を見よ。倉地画伯がいかに真面目で、温厚で、おおらかな美男子だとしても、それだけではこれら幻視のビジョンは出てこないはず。
生きていれば必ずついて回る表面の嘘臭さがはぎとられて、化石のようにさらされたものへと変容する存在ーその幻想の無気味なまでの確かさは他に類をみないもの。あるものとないものの逆転。昼と夜、白と黒、もまたその意味を変える。
ーなどと考えながら、つい草深い大学の研究室で、日がな実験に明け暮れている錬金術師フラチ博士を思わず想像する。いやいや、そんな倉地な…。
画像は、銀行でお会いして、拉致するようにお連れした本江邦夫氏と画家の依藤奈奈さん、版画家の石原誠氏。本江氏とは初対面の倉地画伯、誌面ではもっとハンサムだったと突っ込まれ、目が白黒。もちろん深遠な絵のお話も。あ~拉致して良かった!
ところで、夜の部は茅ヶ崎ハスキーズギャラリーで個展中の池田美弥子画伯の絵を拝見に。ジャズのライブ演奏も折々に、という広いギャラリーなか、ねじれた俯瞰図ともいうべき美弥子画伯の大作が並ぶ。小さな作品にもチャレンジした今回の個展、余白の美しさが印象的だった。
その後、いつものメンバープラス春彦氏中尾氏という豪華さで、美弥子画伯を囲む熱い夜に突入。皆様、大変お世話になりました。伏して感謝を。

倉地比沙支展 リトエッチングの白と黒

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四年ぶり二回目の倉地比沙支展が今日から。リトエッチングという聞き慣れない技法を駆使して、古代とも近未来ともつかぬ版画を制作する倉地画伯。愛知芸大版画科の講師をしつつ、タイのバンコクシルパコーン芸術大学に招聘されて半年滞在、現地で制作展示するなどの他、ハンガリーやポーランド、イタリア、ノルウェイ、韓国の国際版画展で受賞のキャリアをもつ、いわば愛知の星。
なんといってもリトエッチングの唯一無二の技法保持者。なにせ一人しかいないから、草分けにして大御所。倉地リトと命名してもいいかも。正確にいうと、多摩美の小作青史先生から教わったのだそうだが、小作先生本人も今は使ってない技法を、愛知芸大の草深い研究室でコツコツ10年がかりで進化させたらしい。
画廊では、版画界のいろんな方が来て、あれはどうやってやるのか、これはこうしてるんだとか、技法の質疑応答が世間話のように行き交う。倉地画伯の図解つきご説明によると、金属版をエッチングなどで窪みをつけ、凹部を油性反応させて、ゴムローラーでインクを押し込み、エッチングプレスで刷る、というものらしい。
この技法によると白と黒の盛り上がりの差が大きいので、よりシャープな仕上がりになるとか。なるほど、情感などの曖昧さが消えカラッと強い世界だ。渾身の思いで描きこんでいながら、刷り上がると白と黒の信号になるのが面白くて、という画伯。学生時代は油画で、卒制は大学買い上げになったのに、それを捨ててこの技法を選んだのは、強烈なものを描いても、突き放したドライな感じになるからだそうだ。
先年の個展の折には、繁茂する植物の無気味なまでのエネルギーを描いたが、タイ滞在を経て更にバージョンアップ。南方の果物の切ればぎゃっ!と声をあげそうな命そのものにふれ、生のリアリティとはなにかと、感じとってきたらしい。
描き込めば描き込むほど逃げていくリアリティと、ウソものほどホントらしく見えるということの間を、彼の世界は追求する。モノが腐っていく匂いとか、雑駁なほこり臭さも含めての現実感が、急速に失われていくなか、倉地画伯の現出させる作品世界は、なにか万物のDNA図に他ならないように見える。
現前するモノを前に、日本的もののあはれ、ではない方向から印象を捉えようとする彼の視点は、存在と非存在の間を行き来しつつ、その向こうの原型を見いだそうとしているようだ。
不可思議な夢のようにここにある作品をみながら、妙な懐かしさを感じるのは何故だろう。ぼちぼち画廊にいながらしばらくこの夢にたゆたってみようか。
画像は初日の倉地画伯と、版画界の大御所岡部版画工房・岡部氏。

サハラ画伯最終日ー怒濤のライブ

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最近、平面と平行して続けている映像のお仕事。クラブで音楽と一緒にコラボしているイベントは一度みているものの、画廊では初めての試み。幸い画廊の壁は白い、のでここにプロジェクターで映像を流すという。
いよいよ、画廊クラブ化計画が実現の今日、わくわくして待っていると、さぁどうしたことかプロジェクターが届かない。どうも貸して下さる方の前のイベントが押しているらしい。目の前がくらくらしていると、さすが、必要な人が必要な時にあらわれる、という悦子画廊の法則が発動して、持っている人がやってきた。サハラ画伯もどうやらギリギリの男に…。
後で、先約の方のプロジェクターも来て、都合二台の豪華版になるとこが怪我の功名。かくして作品の上に、作品を基にした映像が重なって投影される、という夢のプロジェクトが。
音楽のDJはロジャー・マクドナルド氏、アートディレクターでもあるかっこいいお人。サハラ画伯も愛用のマックを駆使して画像を次々と変化させてくとこみてると、プロみた~い!(プロか?)
0号の作品の各ピースが、命を得たように動き、また別の流れを形作るめまいに似たスピード感が楽しい。画伯の作品をみながら、頭のなかでやっていた作業を、外からみているような感じ、といったらいいのか。軽妙にからむ音楽とあいまって、「センチメンタルシティ」とでも名付けたくなる、サハラ画伯の都市への目線があきらかにされる。
フォーカスということを意識した展示でもわかるように、一枚の絵から離れて、空間をつくる仕事へと画伯の仕事は変容をとげているのかもしれない。もうすぐ飛び立つロンドンで、また新たな発見があることを祈念するものである。

五百住乙人画伯の温顔

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立軌会の五百住画伯、久々のご来廊。大正14年生まれという画伯、初めてお目にかかった10数年前とちっとも変わらぬお姿。穏やかなお話ぶりは親交のあるサハラパパ画伯ととても似ている。作品とお人柄というのは、あまりくっつけて考えてはいけないのだろうが、この温顔にしてあの静かな作品、と思わず納得してしまう何かが。
また、この間個展がおわったばかりの陶芸家、藤井隆之氏も。悦子画廊の男性作家の中では、年頃も近い二人、なごみモードでギャルソン風に。
久々、銀座登場の牧ねぇは幼なじみの郁子さんと。只今セントラル美術館で、沖縄の藍の展覧会中。悦子も初日、平良敏子先生の講演を聞きに。齢八十を越えてあの意欲、なにか生み出していく人の持っている強さに改めて敬意を。琉球藍を作る人もわずか、芭蕉布にいたっては平良先生がいなかったら無くなっていただろう。いつも崖の上にたって守ってきた先生の織る芭蕉布は、強くてしなやか。いつかこの布が似合うような人になりたいもの。「なんくるないさぁ」とは人事を尽くして天命を待つに近い意味だと、最近地元の人にきいたが、うちなんちゅーのあの底抜けの明るさは、精いっぱいの日々の賜かも、と。

林邸訪問記

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日曜日の今日、夕方からはサハラ画伯におまかせして大野麻子画伯と林教授邸へ。丁度、絵を探していたという時期に、幸せな出会いを果たした林家と麻ちゃん画伯。
今日はお食事におよばれ。納品にお伺いする悦子とは違って、なかなか自分の絵が、どのようにお家に納まっているか見ることのない画伯たち。今回、うれし恥ずかしの自作との対面を果たした麻ちゃん画伯、感激の面持ちで。
奥様の玲子さんの心尽くしの手料理、博学多才の教授の話芸(といってもいいぐらい楽しい)、長男恭正君のバイオリン演奏、先般も御紹介した千晴ちゃんの愛くるしさ、と、これだけ歓待されれば、おのずと笑みもこぼれようというもの。
絵のために模様かえまでしてくれて、毎日みてくれているというご一家。ちーちゃんは将来画家になると決めているらしい。一枚の絵が機縁となって、人の毎日に幸せをもたらすとしたらこれに勝る喜びはない。
玲子さんが呼んでくださった、悦子と同郷の奥様も「すてきな絵だなぁって見にきてます」と。絵と出会ったご家族が、こんな風に他の人と喜びを共有してくれていることもうれしい。
今日は画家冥利にも画商冥利にも尽きる一日。そんな林家と麻ちゃん画伯のお幸せ画像を今日は。

千客万来の一端

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まさに老若男女様々なお客人をお迎えしている本展。日中はその方々への応対におわれている訳だが、今日はその一端を昨日の画像を交えて。
まず、悦子予備校恩師の倉島重友画伯。広島に教えにいかれてからはお忙しくてなかなかお目にかかれないが、今日はサハラパパ画伯と「両洋の眼展」でご一緒している御縁で。褒められればどこまでも登るタイプの悦子、倉島画伯のおやさしい一言がなければあんなに頑張らなかった、と思うと今も感謝の念を。
本江邦夫氏は曽谷朝絵画伯をご案内しての御来廊。折しも地方からご上京の久保氏にお座敷をひろげて作品をみせている最中、人と絵でテンコ盛りの画廊だったが、本江氏顔色ひとつ変えず泰然自若。苦しゅうないとの一言で汗みどろの悦子はやや救われる。
フレーマーの佐竹氏は若い画家に安くてシャープな額を作ってくれるありがたいお方。もともと武蔵美ーズなので話は早い。綾ちゃんは昨日の画像ですでに登場。ケニアッタ三浦画伯は、今日もツンツン髪を立て戦闘態勢。サハラ画伯が後ろで応援しているが、どうも迫力が……。
毎日、放課後になるとドラマが展開しているので、仕事もしてるよ、と少し弁解を。

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