二人で時差ボケ?

おんや~?トシのせいか時差ぼけが直らず、二人で睡眠不足。典子画伯は、大事をとって早めにトロントを立って来たのに…。
とはいえ、一年ぶりの帰国にお待ちかねの方たちが引きも切らぬ画廊内、郷里足利から美術家の栃木美保女史をはじめ、アートセラピーの講座の生徒さんたちなどをお迎えする。
年に一度の展覧会の度、アートセラピストの草分け的な存在の彼女に講座の依頼が。ドイツでは癌患者の治療チームでセラピストとして働いていたことも。
彼女の絵の深い色をみていると、胸の奥から汲み上げている事がよくわかる。みつめているとどんどん色が湧き出てくるようだ。時差ぼけでよろよろしている悦子にとっては、ありがた~い作品たちである。
ご来廊の斉藤博美ちゃんや能島千晴ちゃんも一緒にうっとり…。

斉藤典子展初日ートロントより

ニューヨークでは斉藤隆展が、そして東京の我が画廊ではトロント在住の画家・斉藤典子展が今日から。
典子画伯は若く見えるが悦子と同い年の羊、しかもB型。なにか行動パターンがよく似ていて、さすらいの人生を送っている。とはいえ、画伯の方はアカデミック。
成城大で2年まで文化史を学んだ後、青雲の志のもとドイツに雄飛、以来20年近く彼地に。最初の大学ではフィールドワークを中心にした文化史と民俗学を、次のベルリン芸術大学ではアートを学んだのち、画家活動に入る。
シュタイナーやゲーテの色彩論に裏打ちされた彼女の絵画は、深い啓示を含んだ豊かな色味をもつ。ここ数年、「種子」をテーマに植物の生成の印象を描いて来たが、今展ではその種子が風に乗って着地する、その空気まで描きたくなったという。
どこに着地するか、そろそろ半世紀に近いそれぞれの人生にとっても大きなテーマだが、産土の闇から地表にでて、花咲き、実をつけ、また種子にもどり風に飛ばされ着地する、という植物の巡りはまた感興深い。
種の周辺に、大気と水の気配はつきもの。今回は雨後の日だまりのような情景として立ちあらわれて来た。カナダに移住して自然に触れ、植物の力に気付いたという画伯、部屋のなかから外へと彼女の「種子」たちも旅を始めたのだろう。
今日のお客人は、ドイツ時代の彼女を知るVip様、伊藤氏と半澤氏はじめ、画伯友人の由貴子さん、その御紹介の「福光屋」梁井氏など錚々たるメンバー。小河原ちゃんやニューヨークで知り合ったカウンセラーの田中さんもご一緒に。

最終日に間に合った!感激の大団円

時差ぼけにつぐ時差ぼけの悦子、飛行機から降りたらへろへろ。三泊五日の間に何時間寝たやら。昨日、抱きつかんばかりに出迎えてくれた画伯と早苗ちゃんにスペシャルサンクスを!
7日間の会期中のうち5日間、画廊を守ってくれた画伯たち、ちょっと見ないうちに一皮むけていた。精一杯やってくれていたのだろう、守りきった自信と喜びに満ちた二人を見て悦子も感無量。
京都で画伯の留守を守っていたご夫君・青山K一氏も今日は搬出のお役で上京。悦子の不在を不安がっていた画伯に「なんや、自分の個展やろ。柴田さんは画廊を存続させるためにいくんや。分かってあげなあかん」と行ってくれたのだと言う。まこと涙の出る台詞である。ご自身も昔人形青山というギャラリーを持ち、古人形とともに新作人形作家の御紹介もするご主人なだけに、悦子の心中をいわずもがなで察してくれたのだろう。
こういう有り難いサポートも含めて、仕事をさせていただいているお幸せ。時差ぼけなんていってる場合じゃない。
チベット・ネパールを一人で取材、かの地の生気を思う存分吸い込んで思う様描いた画伯。そのエネルギーが画廊中にあふれ、見ている人の顔を輝かしていく。堂々の画境だ。このままずんずん進んでいけばいい。童顔の彼女を見ていると、この無垢のままよく今まで生きてこれたと思う。だが、自分しかできないことをちゃんとしっている人だ。ますますの精進を願うものである。
本当に皆様ありがとうございました。

齋藤 隆展 in New York

いよいよ今日はM.Y. Art Prospects URL/www.myartprospects.comにて齋藤隆展の初日。これから一か月展開される画伯の「墨聲紙韻」の世界がどんな反応をもたらすものか、お楽しみ。
ニューヨークと東京の画廊同士の交流プログラムの一貫として企画された今展、齋藤隆画伯の十年に及ぶ墨との格闘を伝えるもの。
実は画伯、1970年初頭、デュシャンやダリとも交流のあったStaempfli gallery でN.Y.デビュー。今回は二回目の発表である。約30年の時を経て、大きく作風を変えた画伯ー同じ白と黒の表現ながら、かたや西洋紙にコンテ、こなた和紙に墨。かつてはグリューネバルトの祭壇画に心酔した画伯が、この歳月の間により東洋に心をよせ、住処とする福島の廃屋「風騒居」で紡いだものがこの度の一連の作品である。
生と死の葛藤は一見身を潜め、枯れ木や干された鮭の頭に象徴される「風化」へと姿をかえた。幾重にも張り合わされた和紙の上に丹念に描かれたそれら形象は、生から死への時間を内包し、我々の視線をさらに内側に向かわせる装置のようだ。彼の枯れ木を見ていると、あちら側に引き込まれて戻れなくなるような目眩すら覚えたものだ。
毛ほどもの弛みも許さない画伯の仕事は、さらに近年ストイックさを加え、美とグロテスクの境目さえ無くした。対比は内在され、耳を澄まし、目を凝らし、全身で感じとらないとまるで自然にさえ見える。
かつて異様とも鬼とも形容された画伯の世界は、墨との格闘を通して
深化し、「墨を選び、表現を支える衝動は確固としてあるのか」という自省とともに、墨の声を聞き紙の風韻を思う心境に到達したのだ、と思う。
日本の画壇によらず、僻村の人家すらない孤独な環境で、ただ好きなように酒を飲み山中の風光に暮らす、という浮き世離れは思ってもなかなかできるものではない。今回、作品をN.Y.にもってくるにあたっても画伯は画伯のお考えがあったと思う。
悦子と美也子女史の企てに賛同してくださった画伯と、所蔵の作品を一部提供してくれた富山・立山画廊主人堀實紀男氏に心からの感謝を!
さてオープニングは以下の如く盛況裡に。美也子女史ご夫君ジェフ氏も大活躍。また、おりから一年間N.Y.滞在中の内田あぐり画伯とも旧交を暖め言う事なし。里佳画伯は今日がお誕生日。ベリーショートでさらに若返り、少年のようなりりしさ。ネイティブたちの英語の海を、さも分かるように泳ぎながら、悦子は今日はサンローラン。頭には先日万里子ママからもらったマキシムのお帽子でオホホ。
美也子女史は、墨にあわせてグレーのドレスでエレガントに。ジェフからは、ノーブラで着るよう指示があったそうだが却下。う~ん残念!
その後は女ばかりで怪しいモロッコ料理の店で、水パイプなど堪能。楽しい夜となった。まずは三泊五日世界征服の旅ご紹介まで。もうすぐ帰るよ~!

ニューヨークは大雪!

二年ぶりのニューヨークは大雪。前回の浅見貴子展は2001年と2002年を跨いで開催され、9.11の傷跡も生々しいN.Yを足早に歩いたものだったと思い出す。
トランク一杯の斉藤隆画伯の絵を、ピックアップに来てくれた坂東優氏の車に積み込み、吉永美也子女史の待つ27丁目のM.Y Artまでドライブ。四月に銀座のギャラリー上田で個展予定の坂東氏、お忙しい中だったろうにと感謝!学校帰りの沙南ちゃんとママの里佳画伯とはアトリエで。里佳画伯の個展は今年九月、意欲的な新作を見せてもらう。
夜はカナダ・ビクトリアからわざわざ来てくれた沖縄出身ご存じ玉恵と娘のレイチェルと待ち合わせ、インド料理店でウェルカムパーティを。前回お知り合いになった、裏千家ニューヨーク支部長の山田先生と手織りのお店「八布」を営む植木たかこ女史がお友達を伴っていらしてくれた。なにを隠そう裏千家のニューヨーク支部というのは、マーク・ロスコの元アトリエ。その五階立てのビルをくり抜き、路地のある茶室を設えたという。マンハッタンのど真ん中に、それとはわからず和の空間を完璧に再現した山田先生はなんとも素敵なお方。お若い頃、建長寺の朝比奈宗源老師のご講話を同時通訳するのに苦労なさったという。今だったらもっと適当にできるのに、と呵々大笑。植木女史は日本の繭を使い手機で織る作家でもある。彼女の布はほとんど羽衣といっていい軽やかさで思わずすりすり。触る快楽を悦子に教えてくれた。
画廊のスタッフ・オードラーは芳紀19才。東洋宗教学を学ぶ彼女、真剣な目で展示を。いつのまにか25才になっていたレイチェル、実は30才だけど20代前半に見える裕子ちゃんという三人の小娘連合と、ちょうどこんな娘がいてもおかしくない悦子・美也子大娘連合プラス本物ママ玉恵の熟女組という、よりどりみどりの美女にさしもの山田先生も相好を崩す。な~んちゃって。
おりしも今日は聖パトリック・ディ。雪のセントラルパーク側をバグパイプ抱えて行進するアイリッシュたちを見ながら、抜かりなく五番街のテファニーをチェックする裕子お嬢の姿も御紹介。あ~悦子の指には大きいダイヤしか似合わないのが残念。

はじめてのお留守番ー悦子はN.Yへ

エルンストもかくや、と思われるシュールな夜が終わればもうニューヨークへの旅立ち。半べそのタシデレ淳子画伯と、五日間のお留守番役の早苗ちゃんを朝引き合わせる。二人で頑張るんだよ、とハグハグ。後ろ髪をひかれつつ、あ~もう行かねばならぬ。
二度目の個展とはいえ、京都から悦子をたよりのご上京、ここは任せなさいといいたいところだが、三泊五日世界征服の旅計画のためには泣いてくれぃ、と振り切った悦子。早苗ちゃん、画伯をよろしくね。
成田で、明石から合流の裕子ちゃんと無事機内に。あとはニューヨークまでひとっ飛びだ!

タシデレ竹内淳子展初日-淳子代筆

タシデレ 今日からはじまりました、竹内淳子展、司会の竹内淳子です。2年ぶりのお目見えです。怒濤のように京都からやってきて、突入しております。一回目は悦子パワーに圧倒され、悦子画廊におとづれるパワーあふるる人々に圧倒され、アッというまに日々が過ぎていきましたが、まさか、悦子日記を書く事になろうとは、ココハ ドコ?ワタシハ ダレ?まさに、魔境、悦子画廊!おそるべし!!!さて、昨年10月にインド、ネパールに取材に行った折、チトワン公園という、野生動物保護区に脚を踏み入れました。その時偶然お知り合いになった、野口さん、サンケイの山と酒を愛する人々をヤマホド引き連れて来て下さいました。そのメンバーの田中さんは、昔から悦子サマのヤマの友だそうな、、、どうして、ここで、つながるのか?悦子マジック。安住画伯と将来音楽家の凛々しいお嬢様おいでいただきました。ご夫婦ともに悦子画廊のナビゲーター?小黒さま、皆様ご出演有り難うございます。夕方ともなると、司会者の昔仲間、ライター渋谷氏、絵地図作家谷口氏、シルクスクリーン作家佐藤氏、イラストレーター佐藤氏、ミャンマー写真家後藤氏、インド写真家柴田氏が駆け付けて下さいました。そして、なんとカブリモノ大会に突入!これは、悦子画廊のみせる幻か、羊アタマ、牛頭、アヒル頭、マキシムまで出て来た、そして、悦子動物園の禁断の夜はフケテいくのでした、、、ツヅク、、、、

タシデレ竹内淳子展初日-淳子代筆

タシデレ 今日からはじまりました、竹内淳子展、司会の竹内淳子です。2年ぶりのお目見えです。怒濤のように京都からやってきて、突入しております。一回目は悦子パワーに圧倒され、悦子画廊におとづれるパワーあふるる人々に圧倒され、アッというまに日々が過ぎていきましたが、まさか、悦子日記を書く事になろうとは、ココハ ドコ?ワタシハ ダレ?まさに、魔境、悦子画廊!おそるべし!!!さて、昨年10月にインド、ネパールに取材に行った折、チトワン公園という、野生動物保護区に脚を踏み入れました。その時偶然お知り合いになった、野口さん、サンケイの山と酒を愛する人々をヤマホド引き連れて来て下さいました。そのメンバーの田中さんは、昔から悦子サマのヤマの友だそうな、、、どうして、ここで、つながるのか?悦子マジック。安住画伯と将来音楽家の凛々しいお嬢様おいでいただきました。ご夫婦ともに悦子画廊のナビゲーター?小黒さま、皆様ご出演有り難うございます。夕方ともなると、司会者の昔仲間、ライター渋谷氏、絵地図作家谷口氏、シルクスクリーン作家佐藤氏、イラストレーター佐藤氏、ミャンマー写真家後藤氏、インド写真家柴田氏が駆け付けて下さいました。そして、なんとカブリモノ大会に突入!これは、悦子画廊のみせる幻か、羊アタマ、牛頭、アヒル頭、マキシムまで出て来た、そして、悦子動物園の禁断の夜はフケテいくのでした、、、ツヅク、、、、

首里の昼、那覇の夜

樋口展終了後、早速次の作戦開始。かねて懇意の陸奥男山酒造御曹子
駒井秀介氏の御紹介を受けて営業先にご挨拶を。若旦那のりりしく立ち働く姿に感銘をうけつつ、担当の方に繋いでもらう。
色々なところに御縁はあるもの、今回は首里でご自分のギャラリーを営む仲本京子さんという画家の方に巡り会った。なんと悦部屋を二年前から覗いてくれていたという。あなたが柴田さんですか、といわれると「すみません、こういうやつでした」と思わずあやまってしまうリアクションが我ながら恥ずかしい。
仲本画伯は、沖縄とニューヨークで個展を重ねているバイタリティあふれるお方。南国の底抜けに明るい色調の絵を拝見しながら、彼女のキュートなお人柄に魅了される。かたわらにはダンディなご夫君が控えられ暖かくむかえてくださったのも有り難いこと。
いつもエネルギーをくれるこの島の、ネイティブが描いた沖縄の絵は、ナイーブアートの枠を越えて新鮮な驚きをもたらしてくれた。来週のニューヨーク行きをつたえたら、MY art prospectsにも行った事があるという。まったく世間は狭い。
沖展で浦添市長賞を受賞した宮城忍君に向かえに来てもらって、首里そばの美味しい店でお昼を堪能。さすが首里だけあって上品この上ないお味、店の名は、、う~んと、なんとかギャラリー。とにかくお勧め。
宮城くんのアトリエっで打ち合わせ後、宮城パパの経営する「マルメロ」というケーキ屋さんでニューヨークにおみやげにするバナナケーキを注文。これがまたうまい!
夜はかの大城美佐子先生の民謡酒場「島想い」で歌と踊りを。嘉手刈林昌先生の思い出話などしみじみ拝聴する。沖縄はへのこという所ご出身の大城先生、その頃は女がサンシンをもつだけでオバアたちの顰蹙をかったという。彼女の激動の人生をちと垣間みて、歌がなおさら胸にしみた。
仲本さんにしろ、大城先生にしろ、このような魅惑的な女たちが今も生きる沖縄。そのやさしさとパワーに今回もなにか励まされた想いで、島を後にした悦子だった。

ハンサム樋口画伯最終日

連日のお客様を、華麗なるフットワークでお持てなしつつ、いよいよ大団円の今日は明石から橘万里子ママが。
悦子も今日は朝から大忙し。適切なハンサム君のサポートを受けつつ、各種仕事を。
一息ついて、万里子ママのご友人・築地の鮭問屋さんの若奥様よしみさんとお嬢様の早絵ちゃんとお茶っこ。ママからは神戸マキシムのお高い万円お帽子をいっぱい頂く。帽子なくしては語れぬ悦子にとって、塩辛い鮭の皮とともにうれしいプレゼント。
来週は橘家の令嬢・裕子ちゃんとニューヨーク行きの悦子、どの帽子でいこうかな。
ちょうど、いらした武田州左画伯は樋口画伯が美大一年の時の四年生、悦子の一年下の学年にあたる。二人目のお子さんが夏誕生予定との事で、なにより。万里子ママにご紹介できてよかった、よかった!
後ろのかっこいいガイは画伯のサーファー友達。そういえば裕子ちゃんもハワイにサーファーの友達が一杯の筈。ご縁がまたあるといいな。
てな事で盛り沢山の今展、画伯の新境地に驚く皆様を横目にみつつ悦子的には大満足。一歩踏み出した樋口画伯の意欲を高く買い、プロへの一里塚をクリアしたとして評価したいと思う。これからどんどん増えるハードルを、果敢に乗り越えて欲しいと祈るや切。
ご来廊の皆様、ありがとうございました。樋口画伯に更なるご声援を!

国際色豊かに&津軽三味線日本一

藤沢のウィリスご一家のご紹介を。鎌倉の海をセーブする市民活動も熱心にする画伯のお仲間とか。167㎝のハンサム君が小さくみえる大きいちゃんクラブ。

鎌研同期のお友達もお嬢さんお二人とともにご来廊。まるで姉妹のような親子で、びっくり!画伯も妙齢で結婚してればこのようなお子が、と余計な感慨を催す悦子。そうか、画伯もいつの間にかそんなお年に、、(ちょっとうれしい)。
かたやご存知、テリーと佐名ちゃんご夫妻も。おひげはやしてちょっとワイルドになったプリンス行近画伯は、ハンサム君のちょっと後輩。
豪華客船で、絵の講師をしていた時にゲットした津軽三味線日本一の澤田氏も今日は2丁目の「銀座津軽」でライブとかで、本番前にご来廊。
共立劇研時代にアルバイトで民謡の舞台照明をしていた事もある悦子、実は「津軽あいや節」大好き。早速来合わせたWeb大里氏とくだんの店で拝聴。いんや~すんばらすぃ~腕じゃった!毎週月曜にライブをやるそうなので、ご興味のある方は是非!激しくも知的な演奏は悦子の太鼓判付き。

どうだ!この男っぷり!

両手に花でご機嫌の林田パパと。ハンサム樋口君の堂々の大股開きには、さしもの悦子も負けた、、。この男っぷりには、若い頃は竹脇無我風美丈夫だったパパも一目。悦子の開き方が甘いとご指導が。
それはさて、新婚行地・コバッチ身和子夫妻もご登場の今日、赤十字にお勤めの芝さんがアフガニスタンのお土産を持ってご来廊。支援に行ってらしたのだとか。ミャンマーの電気も水道のないところで三年働いていた彼女もまた筋金入り。ハンサム樋口画伯が海外でゲットしてきた人脈のお一人。ちなみに今は茅ヶ崎中海岸の海の見えるマンション住まいだとか。たしかあそこには、中尾画伯のお母様がお住いのはず。よし、花火はここか!
もうお一人は画伯の鎌倉友達。みんな美人で花盛りの画廊の模様を中継。

樋口画伯・ラブリー編

ハンサム樋口画伯の同級生・みちるちゃんと藤井美加子画伯がご来廊。多摩美ーず同期は他に浅見貴子画伯など錚々たる顔ぶれ。
美加子画伯はダーリンとお子の倭君とご一緒。先日の宮城君のシーサーが超お気に入りの倭君、今自宅でシーサー作りに余念がないそう。よかった、よかった。
右上のご家族は悦子同級生のちーちゃんとご夫君の田建平画伯とお嬢ちゃん。なーんと、ちーちゃんのアトリエで今もお仕事をしているハンサム樋口画伯。世間は狭いというよりも近すぎ!もちろん、学生時代から面倒見の良かったちーちゃん、悦子もお世話になったもの。
三年前にはピンちゃんこと田画伯の個展も悦子画廊で。今日はそんな親戚同様の皆様にかこまれ、ラブリーな樋口君の幸せ画像を。う~ん、まとめて宝塚に売り飛ばしたい!
ちなみにちーちゃんのお母さんは元松竹歌劇団の娘役スター、その折の衣装は今悦子の手元に、、。精進の甲斐あってナイスバディの今日この頃、また是非着用したきもの。(しまった!髪切ったから娘役出来ないか、、)

師匠さまの御登場!

ハンサム樋口画伯の数多い師匠のうち、御大・林信夫画伯と、庭師の師匠・日高志郎氏がご同席に。鎌研時代、最初油画志望だった画伯が日本画で受験しようとおもった時の師匠である林画伯。先般の武大人の親友でもあるので林御大という名を献じたい。
ハンサム樋口画伯をハンサムたらしめているのは、いさぎいい率直さと思うが、これら二大師匠を前にしてもその舌鋒はいささかのひるみも見せない。庭師の師匠によると、彼女の剪定は大胆すぎて恐いほどだとか。え~い、やっちまえ!精神の面目躍如といったところか。
もちろん大きな懐をみせる二大師匠、にこやかに笑いながらいなすところがにくい。いや~悦子もかくあらねば。
昼間っから盛り上がりをみせる画廊には千客万来。池田真弓画伯はママと、多摩美ーズの万里氏はお友達の渡辺氏と御来廊。また文化庁の杉本氏は今日バイトデビューの産賀さんとにこやかに2ショット。
今日特筆すべきは画伯が七里ガ浜高校4期生だったということ。今日いらした鈴木創・くみ夫妻も同期というが、たしかこの間茅ヶ崎で七高話をしたばかり。たしか小水氏も4期といってたよね、、。確認するとやはり同じクラス!縁は異なもの味なもの、とついいいたくなる。
時差で急遽駆け付けてくれた小水氏と酌み交わしながら、どこまでシンクロしていくのやらと一人ごちたことだった。

樋口堂々の学ラン姿

この日のためにあるかのような樋口の晴れ姿。ニヒルというよりはシニカルな微苦笑を浮かべやってくれた、学ラン着用之図。あまりにも自然なので特にコスプレとも思えないところがGOOD!
スリランカに滞在中知り合ったという宮脇ご夫妻や、湘南名物・鎌研同期のお仲間たち、去年の個展の折に酔っ払いつつ知り合ったという忍ちゃんなどと楽しい語らいの画像を。この後悦子は富山の堀さん、久々の三浦ネエなどと大人のミーティングなど、、。あぁめくるめく日々よ。

樋口画伯ご家族ご紹介ーママの雛ちらしも

展覧会のお楽しみに、画伯たちのご家族に会うという事がある。絵を描くハジメというか、成り立たせる根っこをかいま見せてもらえるような気がするからだが、今回もなるほど、と。
88才のおばぁちゃま・功さんは80才から油絵をはじめ、もう三回も個展をした強者。今日も真っ赤なセーターが印象的。
お隣にいるお父様・寛茂氏は蔵前生まれ。江戸っ子らしい堂々の男っぷりが、見事薫画伯に受け継がれた模様。わざわざ三浦まで東京湾の海苔を買い出しに行くと聞いて、その美味しさに驚嘆の悦子、早速おねだり光線を。しかし次の日に届くとは、、。しかも自転車で行って下さったのだという。
その立派な海苔を巻いたお母さま・貞子さんのお握りを毎日画伯とともにいただくお幸せ。今日はひな祭りのちらしを作って来て下さった。画像ではお伝え出来ないが、その野菜千切りの舌触りの良さは絶妙。これまた五時起きで作られたと聞いてひたすら恐縮する。
自らも油絵を描く貞子さん、絵の見方も入念に。自宅では、制作部屋は立ち入り禁止区域になってるというので、今日が初めての作品チェック。う~ん、完璧の布陣だわ、とハンサム薫画伯を支えるご家族の愛に感心。
叔母さまの和子さんや、お母さまのお友達・望月ご夫妻など鎌倉御縁の上品なかたがたをお迎えし、悦子も背筋がしゃっきり!栄養も行き届いてなによりで御座います。謹んで御礼を!

樋口薫展初日

悦子画廊デビューの樋口薫画伯の展覧会が今日から。
美女がいならぶ画伯ラインナップ中、ハンサム度は一押しの樋口画伯。多摩美大日本画科院卒後、創画会を主な発表の場として、斬新な抽象表現に独自の切り口を見せて来た。たまたま仕事場が近かった事もあり、卒業制作を拝見したが、当時からやや悲壮感がある大胆な構成の絵画は群をぬくパワーをもっていた。
その後、20年近い歳月を経て今回のデビュー。どんな曲折を経たのか、絵は大きく印象を変えていた。DMですでに変化は読み取れたとみえて周辺では話題に。
折にふれ話を聞く中、モノをそのまま描くよりそれを取り巻く周辺の空気を描く事にこだわって来たという言葉が記憶に残った。描けば実体が逃げる「モノ」、そこに迫りたいがために別の方向から激しいアプローチをし続けていたのかもしれない。
しばらく絵筆をとることを中断したのち、画伯は日常の穏やかな抒情を思わせる心象作品の発表をした。不断の激しい葛藤は影を潜め、肩の力のぬけた楽しい作品たちだった。
この間、蘆雪や若沖から多く啓発されたという。長い間封印してきた「モノ」との対峙をしてみようと思ったのが今展かもしれない。抽象と具象の間を行き来することで、「モノ」が見えてきたら幸いだと思う。
幼少の頃からみなれた、鎌倉の八幡宮の蓮池。盛りがすぎた初秋の風光と水面。池の外には雀が、中には金魚がそれとなく戯れている。蓮と白鷺の大作は、片側から差し込む白い光の中で、静謐な時を湛える。特に新涼と題された縦長の一枚は、大胆に施された賦彩に抽象時代の片鱗が伺えて見事。
何が描きたいのか明確なばかりが良い訳ではないが、心のなかに描く必然性があるというのは、次に歩を進める大きな要因だと思う。もがきながらそこを見つめてきた樋口画伯の勇気にまずは敬意を。
祝宴は、ハンサム樋口に倣って、宝塚風ネクタイで。見た目より女百般に通じる画伯、美味しいディップなど手作りで味あわせてくれた。以下、倒錯の画像を。

石垣島から福山さんをお迎えー

過ぎてしまえば何してたんだか記憶喪失の悦子。でも毎日終電のシンデレラ……。シーサーを新しい任地へ送り出し、月末の処理をし、お休みなのにドアをこじ開けてくる方たちの御相手をし、瞬く間に過ぎ行く日々。来月に入ったら、NY展も含め四っつの展覧会が待っていることを思えば、今の内に手当しておかなければならない事が山ほど。
明日は搬入という今日は、石垣から帰京した福山氏が初めて画廊を訪ねてくれる日。シーサーのオーナーになってくれたパンチョ横川氏、後藤組長、銭形の鈴木親分など御縁の方の御登場を待って、目の前の大坪さんで歓迎の宴。武大人の沖縄シリーズも堪能、セイヤご恵贈のタンカンをデザートに楽しい一時を。
明石からは万里子さんも登場、お友達のよしみちゃんは魚河岸の鮭問屋さんとか。大日本魚卵党総裁の悦子としては、先日の毛利博士のバンド仲間・牧野君とともに是非お友達になりたいお方。ああ紅鮭の皮よ、すじこよ!悦子のもとへ帰っておいで。

 

東北道から常磐道ひと巡り

目覚めれば、ドーベルマン村山氏の車に乗って東北道を走っている悦子。那須の連山が見えてくる頃には雪もよいの天候に。
村山氏は美術運送のプロにして、横の会時代から齋藤隆画伯のお友達なので、今日のような集荷には一番安心。
三春の先生ご自宅で作品を積んだあと、川内村のアトリエに先生をお送りする。しばらくぶりの人の気配に、愛犬花子も大喜び。
先日のようなとんぼ帰りと違い、今回はお供もいるのでなかなか辞去のタイミングがつかめず、川内村銀座の名店めぐりへと突入。先生の、哀愁漂う歌声が響くなか雪の村に立ち尽くすのみの悦子。
あ~東京は余りに遠し寒の星(季語にも時差)。

悦子、湘南を走る~鎌倉、茅ヶ崎、藤沢編

シーサー展を終えて、ほっと一息の悦子。今日はかねてお約束の山内女史と鎌倉で。彼女はあの沖縄の歌姫・大城美佐子大先生の親友とか。どうも沖縄では大城先生が運転してご案内するらしい。京都のはるえちゃんの御紹介で今日初対面、暖かいお人柄に魅了される。
その後、ギャラリー俊さんで81才の日本画家対馬廸氏の展覧会に。美しい緑青に驚きつつ、画家の人品の高雅さを思う。雑なところのないいい絵だった。こういう方を御紹介する吉田春彦さんの慧眼に敬服しつつ
辞して、春彦さんの幼なじみの店・チップスへ。湘南チームに昨日の小水ご夫妻と悦子の後輩・浜ちゃんを加えにぎやかなご一行となった。
おりしも外は春の嵐、仕事時代いつも悦子の運転手をしてくれていた浜ちゃんの車で、藤沢のJACKに立ち寄り、名物牛丼をドンペリピンクとともに流し込み、一路深夜の第三京浜を阿佐ヶ谷まで。
もちろんカントリー&ウェスタンが子守唄。明日は福島だぁ!


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