いよいよ秋の陣のはじまり。夏も食欲全開という幸せな体質のため、着ぐるみが一段と大きくなってしまった悦子。これからまたおいしい秋を迎えるというのにますます大物への道をばく進中。
それはさて、秋の陣の先陣を切るニューフェイスのご紹介から。松村響子画伯は、1969年生まれの36歳。三重で生まれて東京の高井戸で育ち、94年、武蔵美大卒業の新鋭日本画家。武蔵美の教務にお勤めの傍ら、お母様の松村多美さんの主宰する俳句結社で句作も。個展デビューは97年、二人展を2004年に開催後本格的に制作に取り組もうと今展を企てた。
自分にとってリアリテイのある身の回りの世界を描く、と決めて一年余。刻々と世界観を深めて作品たちを仕上げてきた軌跡が、画廊をひとまわりすると分かる。
最後の最後、時間との戦いのなかで仕上げた銀泥のやもりの作品がいい。これ以上、時間をかけたら窮屈になっていたかもしれない作品が、絶妙の具合で。さりげなくえもいわれぬ空間を表出しているところが心憎い。搬入の日の朝八時にこの作品の画面を洗いながら、こんなことでいいのかと途方に暮れつつ思わず笑ってしまったそうだが、絶対大丈夫!間に合うという確信はあったとか。ギリギリの神様が降りて来てくれたのだろう。この一年はこの絵のためにあったといっても過言ではないはない一作。
色んな自分の可能性は描いてみて初めて分かるものー感受性豊かな画家の内面の万華鏡を覗かせてもらったような気がした。次々と展開する響子画伯の世界はまだ統一感には欠けるが、この万華鏡なかなかに楽しい。どのしっぽを掴んで勝利の女神に微笑んでもらうか、じっくり見させてもらおうという気にも。一生懸命に手探りしつつ、自分の世界を掴もうとしている初心は清々しい、としみじみ。
いずれ目の高いご見物衆にもまれて、ますます成長することとは思うが、まずはいいスタートを自力で勝ち取った画伯に敬意を。
搬入は画伯のご主人と、多摩美ーズ油画ご出身のお姉様のご夫妻、ご学友の長尾英代画伯という力強い味方たちで。本人は徹夜続きのため、ほとんど意識なし。初日はリポビタンA二本一気呑みで気合を入れ、俳句の同人の方々はじめ、絵の関係の方々とうれし忙しの応対をぬかりなく。ほっと一息の顛末を今日は。
秋田編ーその2
夏休みといえば田舎。今年は恒例西馬音内盆踊りを東京と名古屋の画商さんが見に来る、というので万事ぬかりなくと心していたのだが、おりしも地震の影響で、後発隊のみそそ画伯、牧ちゃんと同じ電車でかえることに。
とはいえそこは困った時のA型ともだちー友子先生が万端整えて待っていてくれた。画商さんとはH田様とI藤様、そして仙台からH田パパのいとこさんもご同行。仲良し三人組でこのあと玉川温泉に足を伸ばすとのこと。奇しくもみそそ画伯のご友人宅は西馬音内の旧家、御宿のない鄙の里につきみんなでここにお泊まりで、贅沢な見物を。あとは食べたり呑んだり、温泉に入ったり。おりしも湯沢で日展開催中で、織田画伯の絵も発見。世間は狭すぎ!!ってなことですごいお客さまが帰ったあとはお馴染みゴローさんとこで、更年期三人娘(秋田美人の会改メ)の総会と称して友子先生えこちゃんとお疲れさん会を。また二学期頑張ろうと誓ったことだった。あ~ようやく夏休みの絵日記終了。あとはさんすうとこくごかぁ~、やれやれ。
夏休み三題噺ーその1
あっと気が付けば、夏休みももう終わり。きゃ~!大変!宿題が全然できてない~!と叫ぶのは小学校の時から変わらないが、今年の夏も濃い夏だった。
三題噺のうち、その1はなんといっても中野嘉之先生の平塚美術館での大個展。三岸節子展と会わせて見応えのある展示。7日は先生のギャラリートークの日とあって教え子の他色んな方がお見えになって大盛況。その後、先生ご夫妻を囲んでお祝いの会を以下のように。たまたま来会わせた面々だったが、先生の充実した仕事ぶりを目のあたりにして、皆少し興奮気味。意気軒昂な先生を真ん中に各世代入り乱れて歓談、痛飲した。9月19日までの会期中、9月10日(土)にまたギャラリートークの日があるという。まだご覧になってない方は是非!お出かけを。学芸員の端山女史ご推薦の韓国料理店が平塚にはある由、先生の壮大な絵を見たあとは食欲も倍増!間違いなし。
その2は、地上波ゴールデンタイムを柴田悦子が征服か?!と噂されたテレビ出演!、、だったがなんの事はなくあっさりうっちゃり。一日拘束されてこれかいってなもんでしたな。それにしても、画廊イメージを裏切らないよう出来るだけ楚々と賢こげに答えた動く画像はどこにいったの~。ギャラリーイセヨシの和田さんからも一番画商らしくみえたわよ~とお褒めにあずかったのに、、トホホ。ともあれ、メークにリコちゃん、コレクターとして牧ちゃん早苗ちゃん中野のいもちゃんご夫妻、とみちゃんなど大勢でお台場見学。おりしも東京湾大花火の日だったので、その後メリディアンホテルでビールなど呑みつつ花火も堪能。浴衣姿の若者で超混雑のお台場から中継の一端を。約五秒の出演シーンと大物A様の作品ご覧になりたい方はお声掛けくだされば何回でもお見せいたします。
涼味あふるる木彫の陰影
愛くるしい瞳がそっくりの、西山美智子画伯お兄様がご夫人同伴で。ご実家の中村家も優秀な一族につきお兄様もエリートコースまっしぐらと聞くが、並んでいるとこを見ると子供時代まで想像できちゃうような兄妹ぶり。ほのぼの感ただよう毛利夫妻もご同席で、こちらは末の弟夫婦といった役割。
阿部千鶴ご夫妻もすっかり大きくなったお嬢ちゃんと一緒に。みそそ画伯とは数年前佐藤美術館の四人展のメンバーとして旧知の仲。今日は久々のご対面。全く月日が立つのは早いもの、、。
一方、美智子画伯の小学校時代の仲間のなかでも、渋谷育ちの黒部君のお洒落度は抜群。24日夜七時から放映されるフジテレビ「爆笑問題・天才の伝説」出演のため、女画商コスプレの衣裳を着た悦子をさりげなくエスコート。このままテレビ局まで連れてって~って感じ。
最終日の今日は、野尻湖にキャンプにいっていた慧ちゃんのお手伝いもあって搬出もスムーズ。明日から夏期休廊となる画廊のお掃除まで。
怒濤の沖縄から今日まで、画廊のなかに涼しい木陰をつくってくれた西山美智子の作品と別れるのはいささか淋しかったが、作品を梱包しながら、よそのお宅でどんな木陰をつくるのか、想像すると楽しい。どんどんこの木陰を増やさなければ、と思ったことだった。
西山美智子展はじまる
台風をかいくぐり、一日も雨の日がなかった沖縄の日々。帰る時には東京は暴風圏という話で、傘の用意などない悦子、さすがに読みの甘さを反省したが、着いてみればちょうど雨の谷間でセーフ、初日の準備を済ませて待ってくれている西山美智子氏画伯のもとへ飛び込んだ。
真っ白な空間にほのかに浮かびあがる羽たちのインスタレーションに迎えられ、くたくたの身体が生き返るよう。ハイな状態のまま全身使い切ってきた疲れに、癒しの光が降り注いでくまなく潤ってくる。
年々、展示が巧みになる彼女。昨日まで展覧会だった悦子の留守に、完璧な空間を作り上げてくれていた。365日のうち、345日くらいは居る画廊なのに、画家の作品が変わる度に違う空間のように思えるのは、なんとも不思議。
昨日まで、離れた場所にいただけに今日はまた一段と新鮮に感じられた。十年一日のごとく常に展覧会を続けてきて、こう思えるのはひたすら作家の個性のたまもの。有り難し。
小さい頃、飼っていた小鳥の羽のしたを掻いてあげながら、羽を触らせてもらっていたという、西山画伯の指の記憶。この記憶によって蘇った木の羽は静かに画廊の壁にとまって清浄な空気をあたりに漂わせる。流れる時間のなかで忘れていたものたちが、拾い出されてそこに置かれている印象は、毎回の個展に通底するが、ますます純度が高まって神々しいほど。
木彫という共通項を通して語り合い、理解しあってきたお母様の中村美津先生もご来廊。画伯が木口木版に彫った版画をコラージュした作品に関心を示されていった。通常の親娘+αの関係は画伯と娘の慧ちゃんにもいえるが、個展中は野尻湖にキャンプ。子育てという大仕事をしながら台所でコツコツ彫ることを止めない画伯の後ろ姿をみながら、慧ちゃんもまた何かを始めるに違いない。女系三代が、それぞれの表現で語りあえる日が待たれることだ。
また、ひさびさのいもきん小黒氏や、ハンサム樋口画伯などがみんなお帽子だったので、一斉にお帽子大会。誰が一番似合う?
またもや台風ーうちな~編
東京も真夏!てことは沖縄は真々夏。ところが、台風6号にたたられて石垣に行っている後藤さんたちはホテルに閉じ込められたまま帰れないらしい。
先発隊のトシ君キリンちゃん画伯、美弥子画伯はなちゃんたちもスコールの洗礼を受けているなか、台風がいつも避けてくれる悦子とみそそ画伯は、例によって徹夜のアイロン掛けのあと、台風一過の那覇空港へ。
セイヤ役員の待つ車で早速知念村のレストランくるくまへ。ん~何度食べてもここの生春巻はおいしい!お~っと勘違いしてはいけません。沖縄は遊ぶところではないー試練の場。水着なんか絶対もっていってはいけない神聖な仕事の地、、、(ちょっとくやしい)。てなことでもちろん日焼けなどしていない画伯たちの取材をチェック。どこで何を食べたか等など聞き取り調査後、夜は「なびぃとかまど」の内装を手掛けた高良氏のお話を伺う。もちろん、あの大城美佐子先生にもご挨拶に。
見事に絵に描いたような夏の沖縄での御仕事は、あの「サスケ」という筋肉テレビを思わせる過酷なもの。あ~西海岸でリゾートしてきた恋人たちの焼けた肌がねたましい。
とはいえなつかしいきょ~でぃ~達との再会もあって、夜の部は充実の一途。仲田さんのお嬢さんにもお目にかかって、また親戚が増えたよう。宮城君も元気で、シーサー作りの合間に、北谷で土曜の夜ジャズの路上ライブをしているという。また爆睡と労働のあいまに沖縄原種豚・あぐ~をゲット!串焼き、トンカツ、焼き肉と各種試食した結果、脂の質は日本一と認定した。な~んていっている間に台風7号が接近、風雨の東京へまたもや無事に着いたのだった。えへん!!
スパニッシュな日々よさようなら
悦子のうちで飼っているのは乳牛なので、牛といえばやさしいメスの目しかしらなかったが、二週間画廊で頑張っていたのは、スペインの男々しいブル。戦いの前の殺気を帯びた赤い目に射られて、おお~と声なき声を漏らした人も多かったはず。
そんな迫力のある存在なのに、背景の黒と赤には絵の具のタッチは見られず、染めたかのようにあっさり。絵の具が一閃するのは目と顔の周辺の少しばかりである。隅から隅まで丁寧に塗ってある絵が多い日本では、このラフさはまさに驚くべきことだが、隅々系の絵が一生伝えられない臨場感を持つことも確か。
牡牛の精気が生々しく伝えられ、狂気の時を予感させるこの作品はまさにラテンの血のもたらすもの。いやらしさもいかがわしさもない純粋な一瞬だ。
フラメンコに魅せられ、踊りを習いにいったことがある。能の序破急と似て、白昼の明るさが一転闇に変調し爆発的なカタルシスを迎える一曲の構成は、人間の色々な感情を解放する祝祭劇そのもの。
踊りは一場だが、人生は何幕も続く。イグナチオの描く作品には、その一幕のなにげない一瞬に光をあてて、かけがえの無い一瞬へと転化させる力がある。光と闇と交錯する一瞬を画布に掬い上げているのだろう。
二週間このドラマたちと共に暮らし、その静かな孤独と、乾いた明るさに、激情はあるが陰湿さのない彼の地の詩人を思いおこした。
まだ見ぬナッチョことイグナチオ・ブルゴス氏は美也子女史によるとサービス精神が旺盛で愉快なお人らしい。9月にニューヨークのM.Y.Art Prospects で開催される彼の新作展を楽しみに待つこととしよう。
準備のため帰国した美也子女史と、先般牛になってくれた神戸の小野さんによる、「Women」像とともに今展のお別れを!
坂田明氏と美也子ママ
あの、ジャズの坂田明氏がとうとう!登場。美也子女史の義兄・小澤氏の華麗なるご人脈の御一人である。小澤氏も大変な才能の持ち主だが、その道の達人たる坂田氏の演奏たるや、狂瀾怒濤!阿鼻叫喚?の凄まじさ。この二人のセッションは、CSの書評番組で。
また福岡からは美也子女史のお母様のご来廊。エレガントなお母様と美也子女史を囲んで、夜は昔のお仕事仲間がお食事の席を。今もそれぞれにキャリアを積んでいらっしゃる方々も、会えば新人の頃に戻ってにぎやかに歓談。友遠方より来たる、、宴は佳境へ悦子は夢境へ
京橋界隈画廊巡りツアー
NHK文化センター青山教室の講座で『銀座・京橋画廊めぐり』を担当し、画廊とは???と入り口で立ちすくんでいる方々を、めくるめく美の世界にご案内するお役を。
講座部の船越嬢のもつNHKの緑の御旗を借受け、京橋界隈のイベント中の画廊を次々と見て歩く。タイプの違う絵画、また画廊主が醸し出す画廊の雰囲気に自然になじむまでは、かなりの熟練がいるにしても、絵を見ることは楽しいこと。一人ではまた気がつかない銀座・京橋界隈のけもの道の魅力をこの道20年の悦子が噛んで含めるように。
ご夫婦で御参加の方も含めて20名の方たちと歩いた数時間は悦子にも新鮮な一時。写真を撮るのも忘れて最後に残った方と証拠の一枚。
イグナシオ・ブルゴス展初日
恒例の京橋界隈展に、悦子画廊ではスペインの画家、イグナシオ・ブルゴス氏を御紹介。これはニューヨークのM.Y.Art Prospects との交換展でもあり、来日したオーナーの吉永美也子女史を画廊に迎えてにぎやかな初日となった。
通称ナッチョと呼ばれるイグナシオ画伯は1968年マドリッド生まれ。スペインの美大を終えたあと、ドイツのベルリン芸術大学へ留学、95年から98年までニューヨークに滞在しロングアイランドのロフトで制作した。現在はマドリッドをはじめマヨルカ島、カサブランカなどのアトリエで制作、ヨーロッパ各地とニューヨークで個展を開催する。また日本では、今展が初めての御紹介となる。
吉永女史は画廊を立ち上げる以前から、彼の仕事に注目し、開廊第一回展を彼の紹介とした。いかにもラテンの人らしく明るいきさくな人柄との事だが、それとうらはらに、作品は孤独な色合いも内包する極めて深遠な印象。ドリッピングで画布にしみ込ませた色は、東洋画のたらし込みにちかい効果で、激しいがしつこさのない独特の調子を醸している。
日本の留学生はスペインの超細密画を学んでくるが、プラド美術館のお膝元で育った彼は、ゴヤやベラスケスをこよなく愛しながら、その骨格を奪回して現代を生きる自分の表現にしようとしている。古典的な要素と抽象性、西洋の表現と東洋の表現を身の内に矛盾なく持つ彼の作品には、明確な意志あるいは魂といったものが感じられ、しばし時間を止めてくれるようだ。
ご協力いただいた吉永女史のお姉様ご夫妻はじめ、ご友人,同級生の方々、また今年文化庁の派遣でニューヨークに行く画家さんたちなどたくさんの人でにぎわいを見せる画廊の画像と、芦屋の小野嬢の見目麗しい挑発につい素地を出してしまった久々ハズカシ画像を。
堀文子先生御誕生日の集い
かぞえでいえば米寿のお祝いー大正七年生まれの堀先生のお誕生会を、多摩美堀クラスの各世代が集まって。
数年前には酸素ボンベを背負ってヒマラヤに登山、幻の花・ブルーポピーを描くという念願を果たされた先生。今はほとんどが五十代四十代となった各世代の卓を回りながら、流動食を楽しげに痛飲なさる。
今日のために、軽井沢の別荘を降りてきて下さった堀先生と、箱根の山から降りて来て下さった中野嘉之先生を囲んで、宴はたけなわ。「そんな下品な事、今までしたことはございません!」という先生にして初挑戦となったバースディケーキろうそく吹き消しの顛末は以下の通り。またお祝いに送ったレースの卓布を、うちのは卓袱台だからとショール代わりに肩に羽織るなど、お茶目心全開の細かいお心遣いに生徒たちも大受け。次は白寿のお祝いと約した事だった。
水無月尽ーデビュー戦とともに
あ~ん、月日は百代の過客にしてもう最終日?あっという間に悦部屋の砂時計はヒックリ返るのね。千晴画伯と過ごした時間のういういした感じをお伝えしようと思ううち、今日を迎えた無念ー同じB型の哀感を語り尽くせぬまま水無月は果てゆく、、。
まあ色々ありまして、悦画廊初個展の怒濤に巻き込まれた画伯、さぞやお疲れだったろう。一家中が画家という恵まれたような恵まれないような環境のなかで、絵を描いてきた画伯のこし方はいずれまた語るとして、一人画家として立っていく決意は今展を待つまでもなく定まっていたと思う。いろんな迷いはいつも付き物にせよ、30代の頃は画家としても正念場。迷う時には迷うがよろしいーといつも迷ってばかりの悦子に説得力はないが、その末の決断は無謀に近いほど早いB型の特徴を千晴画伯も発揮して、ぐずぐず、めらめら、の道を繰り返しているらしい。
何が夢?ときいたら幸せになりたい!と。何度も絵をやめて好きな手芸をやったり絵本作家になろうとした事があったというが、結局絵に戻ってしまうのも運命か。いまのところ千晴画伯のお幸せは、猫のコウちゃんと過ごす時間に尽きる。その宝物のような時間を絵に描いて見せてくれた今展、身近にいる人にしか観察できない猫の色々な姿態に、そうそうこれよ!と頬をゆるめた人も多かったに違いない。
だが、それで終わらないのが画家の道。ていうか、それを許さないのが画商の道。もっと大きなお幸せのためにパンドラの箱を開けろーなど口走る我が身が恐い。
いずれ千晴画伯の成長と出会う人々との御縁が、今の境遇から歩を進めさせていくのだろうが、定石ではなく、大きな展望を睨んだ次の一手となるように前途を祈るものである。
今展でも日展の土屋先生、どんどんやりたいことをやれと激励のひとこと。お父様の能島和明画伯や叔父様の千秋画伯、お姉様の浜江画伯などお身内もそれぞれご来廊下さった。また、最終日には、同級生にして仲良しの高木麻里ちゃんがいらして、ひとしきり青春編。画廊回りが板に付いてきた多聞くんを連れた野地氏や本江氏、梶美術店梶氏などプロの見者も、丹念に見て下さってありがたし。多くの方に励まされ、千晴画伯にとっては大きな一歩となった個展だったと思う。さらなる健闘を!!
能島千晴展 はじまる
悦子画廊では初めての個展となる画家である。1971年、神奈川は大和市生まれ。89年に多摩美大日本画科に入学。学部在籍中に臥龍桜日本画大賞展、上野の森美術館大賞展、日春展などに入賞。大学院に入った96年にはこの他日展入選、同和火災ギャラリーにて初個展など、早い時期からその才能に注目されてきた若手である。
その後、コンクール出品や個展などを経て、才を磨いてきた。ただ、一筋縄ではいかないこの道。自立は険しく今もその渦中にある。
初めて会った時はまだ生まれたばかりの子猫ちゃんのような、デリケートな印象を受けたが、なかなかどうして、若いながらに曲折の日々を過ごしただけあって自分をしっかりもっている。というか、自分があるだけ、苦節を招いているというべきか。
拾って子猫から飼っている愛猫を描くことが多いという。出品作は自分の脚もからめた「脚シリーズ」。俯瞰する床に脚と猫が作る幸せな時間がある。「love thang」と名付けたタイトルには、いとしいものとの一体化を希求する想いがこめられているのだろう。丹念に描かれた猫の像とうらはらに、自らの脚は実体を失い、わずかに線描と部分的に着彩されたストロークで表現する。脚シリーズの延長に「靴シリーズ」がある。華やかに装飾された靴や七五三のぽっくりは、精緻な描法で現実以上の魅力を伝える。ふと、シンデレラと靴の関係を思ってしまったが、この脚たちと靴はまだまだ出会うことのない運命である。今、画廊の壁の対面に飾られ、透明化していく脚と、これでもかとばかりに実在化を迫られている靴との関係を眺めながら、この「虚」と「実」が握手する時まで千晴画伯のの旅は続くのだろうと思う。
今日はアートトップの金田一氏が新人の方と、早速ご挨拶に。展覧会で一時帰国の依田万実画伯と、日展の先輩・川崎麻児画伯、加藤晋画伯などを迎えた他、多摩美同級生の大野麻子画伯も久々のご対面。二日に渡った搬入に倒れそうだった画伯も皆様の激励に疲れも吹き飛んだ模様。まずはやれやれ、、
安住画伯最終日
ご近所の藤屋画廊さんで「渺渺展」が開かれていることもあって、日展関係のお客さまが多く見て下さった今展。それに寄与してくれた功労者はなんといっても画伯同級生の加藤晋画伯。加山先生の資料研究にも携わっているので、現役の学生から日展の先生方まで幅広い人脈を誇る。
子育ての間しばらく休んでいた日展に一昨年から復活をはたした安住画伯、ライフワークともいえる人物像を描き注目を集めたことも記憶に新しい。先日も書いたが、故郷宮城の芸術選奨新人賞などを受けいよいよ大海に漕ぎだすか、というところ。
そんな画伯の活躍をわが事のように喜び、忙しい頃になると栄養ドリンクの差し入れ等、柱の陰からそっと応援して下さっているのがいもきん小黒夫妻。ご自分たち去年は新潟の災害の支援で大変だったのに、こよなく美術を愛するお二人はなにかと画伯たちを気づかってくれて有り難いこと。また、安住画伯もそれに応えて、奥深い作品を描いた。久々にゆっくり来廊の昨日は、作品をじっくり鑑賞。心を入れて見ている後ろ姿はいいものだ。感謝!
最終日最後の時間近くなると、万難を排して駆け付けてくれる人々が。先日来三度目のご来廊になる英利子さんはお嬢さんの万葵ちゃんを伴って。同じく加山先生クラスだった山田りえ画伯は、お孫さんにあたる万葵ちゃんに感慨深げ。今、多摩美の芸術学科に在籍しながら、加山又造研究室の重要なメンバーとなっているという。今後の研究が實られることを祈るものである。
また、絵画教室での教え子さんたちもたくさん来てくれ、優秀な教師としての実直な画伯の一面を伺わせてくれた。2001年から数えると5回目になる今展では、精神的にも体力的にも充実したエネルギーを感じた。今、静かな深みをたたえる安住画伯の黒が、奥の方でうねりさざ波を立ち起こすかもという予感も含めて、次の仕事が待たれる事である。
典雅なきもの競演
15日から日本橋高島屋八階ホールで開催中の「加山又造全版画展」のため、会場に詰めていらっしゃる哲也夫人英利子さんが、涼しげな夏の着物でご登場。六月のこの時期しか着られない紗合わせという、紗と絽を合わせた粋な着物には水紋が織り出してあり、金箔仕立ての絽に蝶を刺繍した典雅な帯と合わせて、水辺を飛ぶ蝶という趣向で。すっきりと細面の英利子さんならではの華やかで品のよい着こなしに、加山家の美意識を見る思いが。
また、コレクターの久保田氏夫妻も着物好きな方がた。夫人は画廊回りの際には必ず季節の着物を吟味してご登場、お好みは銀座もとじのテイスト。今日は琉球絣の藍の濃淡が美しい一重にうこんの織り帯という、これまた今の季節ならではの爽やかな組み合わせ。久保田夫人のおっとりとしたお人柄そのものの着こなしもまた素敵。
ご幼少の頃からお母様についてお茶お花全般の心得を学ばれた安住画伯、お着物も板についた堂々の夫人ぶりだが、今展中はマダム系で。
また、知的な雰囲気のシャンソン歌手・若林さんも交えて画廊内はまさに百花撩乱。さしもの日展大御所土屋禮一画伯、加藤晋画伯、武大人など男性群もやや照れ気味?
昨日は、画伯の郷里の母校・古川女子高の東京支部の方々が後輩のためにわざわざ。会期の一日前が、宮城県の芸術選奨新人賞の受賞式だった画伯。見事故郷に錦を飾ってご立派。お父様が同郷の能島浜江画伯も、かねて懇意の間柄。今日はその画像も合わせて。
安住ファミリーの御紹介
一日の睡眠時間がほぼニ、三時間というハードな日々をクリアしながら絵を描き、主婦業をこなし、お絵描き教室で教え、そして時々はお酒まで呑む画伯はある意味スーパーレディだが、その画伯を支えるご家族を御紹介。
まずはダーリン林茂夫氏こそその筆頭。自らも武蔵美出身の画家であり。手広く絵画教室を経営するナイスガイ。画伯の画業をよく理解し、二人三脚でこれまでの日々を一緒に戦ってこられた。寡黙にやさしく微笑む姿は、画家の夫の鏡。まだまだラブラブ感ただようお二人には学生時代から育んだ信頼の絆が強く結ばれている。
また、そのお二人のご長女・沙綾ちゃんは去年芸大の音楽科に合格。そのご学友と一緒に楽しそうに今日は来廊。はつらつとした彼女の様子に、はるか彼方の青春を思い起こす悦子。ちょうど揃って来て下さっていた、画伯のお姉様たちと久々の一族集合の図。
前日には林氏のお姉様ご夫婦が南アルプス市からわざわざ。毎回来てくれて激励してくれるご兄弟もまたありがたし。この力強い応援団こそ画伯の頑張りの泉であろう。
安住小百合展始まる
DMのブルーポピーさながら、青のスーツを召した初日の安住小百合画伯。その華やかな様子を早速!
円窓のシリーズも14作目となった今展。令嬢紫苑ちゃんを描いた一作目から牡丹、桜、椿、ハイビスカス、紫陽花、芥子などを描き継ぎ、今年はブルーポピー、百合、鉄線、野バラの四点の円窓20号Sを描き上げた。いづれ一堂に展観する時にはまばゆいばかりの空間になるだろうが、今はまだその途上。作品たちが格天井に出世する日を夢みつつ、機を織り続けているといったところか。
また、また前回に引き続き、風炉先屏風も。扇面散らしの桜尽くしという豪華さ。あでやかな金と漆黒が背景というだけで充分ゴージャスだが、色んな種類の桜、さくら、サクラである。覗き込んだらもう帰れない闇にも似て妖艶このうえない。
黒が一段と深みを増したことによってその上に描かれた花の密度も濃く感じるのか、花の艶麗さによって、背後の空間に奥行きを思うのか。絵空事ではない、実在感をずしりと感じさせつつ安住画伯の「花」は匂い立つ。
その香に誘われたか、京都の生駒画伯の御登場。折り佳くニューヨークの吉永さんのお姉様ご夫妻が、イタリア人のアーティスト・マリオ氏をご案内して来てくれていたので、英語・イタリア語・スペイン語が飛び交う花園に。ちなみにマリオ氏は写真家であるが、お父様はローマ近郊にお城を持つという。五部屋は泊まれるそうなので、ゆっくりお城に滞在したいかたは是非。また花園にいっそうの華やぎを添えてくれたのが財部りこちゃんと、可愛らしいお友達。
夕方には恒例のいとこ会のメンバーが集まって下さりにぎやかに初日を寿いだ。画伯ご主人の林氏は山梨生まれ、仲良しのお身内に囲まれ銀座の夜を楽しまれたよう。一連隊お見送りしたあとは、画伯の多摩美ーズ同級生の皆様が揃ってご歓談。お料理の達人マダムのご用意下さった各種佳肴は絶品につき、ワインが進んだことはいうまでもない。
織田有紀子画伯最終日
旦那のドクターみっちゃんと愛犬アズキを富士見に残し、優雅なホテル暮らしの日々も今日でおしまい。生まれて初めて描いたという軸装作品とともに過ごした10日間は、いつもとはまた違う緊張感に包まれていたように思う。一筆一筆が効果的な運びになる様考え抜いてかいた作品群は、ヒギンズ教授の指導よろしきを得てレイディに生まれ変わったイライザのよう。かつての野生を奥に秘めつつマイフェアレディは華麗に舞う、、。
日展にも昨年から復帰、画伯世界が、多くの方の目に触れるよう色んな可能性に挑戦すると意欲を語る。
昨日は、泉屋博古館の川口氏のご来廊。山種美術館時代に御縁のあった春彦氏と久方ぶりに出会ったとあって、話が尽きないご様子。牧ちゃんは幼なじみの美恵子さんとご一緒に、また横尾画伯は織田画伯の予備校同期とあって、忙しい中駆け付けてくれた。
最終日の今日は、田沢女史がまつりちゃんとともに。テントウ虫の模様のシャツをきて花の下でハイ、ポーズ。また搬出の時間には、昔からのお馴染み・加藤晋画伯と池田真弓画伯が登場、数寄和の社員の方を手伝いかたがた、軸の巻き方講習なども。
もうこの勢いは誰も止められないー織田画伯の軸装作品への熱い思い入れは、今後更に多くの作品を生み出していくだろう。皆様、楽しみにお待ちあれ!
大きいちゃんチーム
身長168cmか、年々背が伸びている感の織田画伯。今年は体質改善の成果かさらにほっそりしたのでモデル体形に磨きがかかっている。
今日お越しの皆様も、それぞれ大きい。同級生の麒麟画伯と武大人は大きいちゃん仲間として、ギャラリーコク-ンの上沢女史も堂々の170cmコース。並ぶとほぼ一直線なのがすごい。このラインでブロックされたらさぞや鉄壁。
本江氏も現役草野球ピッチャーらしく、ほっそりした体ながら長身。右画像の数寄和・岸田氏にいたっては190cmは下らないだろう。
大きいちゃんチームが揃うと、画廊の天井が低く見えて困るが、よくしたもので大きいちゃんと小ちゃいちゃんは仲がいいらしく割とバランスがとれている。
久々揃ってお目見えのいもきん・れもん小黒夫妻もそんなお二人。仲良しのご夫妻、ネットで見た織田画伯の作品の変化に驚かれたとか、丹念に見て下さった。
その変化に大きく寄与してくれた方が岸田氏。表装の場合の紙や絵の具使いのアドバイスを細かくして下さったという。絵だけでは成り立たない掛け軸の場合、表具師さんとの意思疎通が大切。この関係は大観と寺内遊心堂との関わりを持ち出すまでもない。感謝!
左は銀子ちゃんのパリ時代のご友人・花井氏が初登場。いままで噂でしか知らない五つ星の友。さぞやおいしいもので出来ていると思われるお体。ぜひ今度はお食事でも。
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