青山浩之・美子両画伯が長い交際期間を経て、ついに入籍。いつも一緒の二人なので、取り立ててお祝い事はしないという。いわば今日は押し掛けパ-ティだったのだが、卓上イッパイに画伯たち手作りの御馳走を用意して待っていてくれた。
大先輩の仲山計介画伯が発起人、近所の仲良し湘南組の加藤・新恵画伯夫妻が世話役という万全の態勢のもと、青山家のアトリエに集合。近隣は静かな住宅地につき、さぞや蛮声が響きわたったことだろうが、計介さんの出動とあれば只ではすまない。案の定、白いズボンに赤ワインをたっぷりこぼした計介さんは、以後パンツ一丁の男々しい(?)姿で。昔なつかしいビデオを引っぱりだして10年前の若々しい画伯たちの姿にめくるめいた。
当然、終電など皆忘れあとはおぼろ。青山夫妻のお祝い押し掛け宴会は、夫妻の長~い歳月をたどるかのように延々と続くのであった。
画伯を囲む先生たち
日本では先生と呼ばれる便利な称号があるが、今日ご紹介する方たちは、由緒正しい先生。
まず、精神科のドクター山下先生。学生時代からの画伯のご友人にしてよき理解者である。今日は可愛いナースさんとご一緒に。
また、国文学者の島内景二教授は、源氏と伊勢物語と大吟醸をこよなく愛するお方。画伯のお父上の装幀によるご本を出されている。月刊美術の下川氏と同席され、花と文学について興味深い話をしていかれた。
もう一人の先生は画伯の煎茶道の先生。おめでた中のお嬢様をともなって。おり佳くこの夏出産予定のコバッチ身和子画伯も旦那様とご一緒にいらしているところだったので、おめでたの連鎖があるよう記念のショット。つつがなくご両方とも身二つになるようまずはご祈念。
閑話休題ーある日
突然、閑話休題というのもなんだが、捨てるには惜しい話題を少し。
文京区の水道にある高橋工房で開かれている手ぬぐい展に、山田りえ画伯が描いた樋口一葉女史の作品に因んだ千代紙の原画と手ぬぐいが一緒に展示された。
ギャラリーとなっているのは丹精して造作した長屋。高橋工房社長の高橋さんの愛と気合にはいつも敬服するが、今回の展示もまたさすが。ひゃあひゃあいいながら手ぬぐい巡りをしていたら、入り口に品の良い夫人が。なんと一葉女史・妹邦さんの孫に当たる方だという。このところ一葉世界に耽溺していた悦子、その面影を伝える方に唐突にお目にかかり感無量。日本橋葭町育ちの高橋さんと子供の頃のくらしのあれこれを話している夫人の佇まいに明治の薫りを聞いた。
また、夜は二胡と揚琴の夕べーヨーヨーマ率いる『シルクロードアンサンブル』にも参加している許可氏の二胡はモンゴルの草原にも蘇州の柳にも通う風のように。かんのん劇場と題したホールは実は禅堂。普門禅菴の見城和尚が支配人である。いつものように開け放したお堂でしばしシルクロードの夢を見た。
また、居酒屋研究家にして俳人の吉田類氏も登場。類氏が出演する「居酒屋放浪記」というテレビ番組の大ファンであるWEB大里氏と三巴で朝までコース。本当に路地裏が似合う方ではある。
織田有紀子展今日から
高原のお嬢様アズピ画伯が、いつの間にか華麗なマダム織田画伯に変身して、しなやかにご登場。悦子画廊八年連続個展歴の画家である。一年に二回個展した時には、もう一、二年しか命がないと思い込んでいたというからB型の集中力は恐ろしい。
その集中力が今展では作品の中に密度ある空気を生み出した。かつてやや荒っぽかった絵の具の粒が、しっとりと落ち着いて画面に奥行きを与えている。年ごとに一枚づづ脱皮して、さなぎが蝶になったような華麗な印象ーまさに臈長けたーというべき成長か。
なりふりかまわず、描きたいことやりたいことに挑戦してきた画伯の本格日本画への道は、力まかせといかなかっただけ、発見の日々だったという。麻紙から薄美濃紙へ、粗いタッチから繊細な線へ、膠まで変えて研鑽を積んだ画伯の努力は、日本画を一からはじめたに近いものが。
大人になるのは何時と決まった訳ではないが、わかる時になるば自然目も手も違って、女子(も)三日会わざれば刮目してみよー状態になる。素材との出会いが楽しかったと、初心に戻った状態の画伯。紙と話し、絵の具に具合を聞き、無心に描いたとのだろう。その仕事を終えて顔を上げた時、画伯の世界が確実に変容した、ように思う。
まぎれもない画伯の絵でありながら、見えてくる世界が違うという体験こそ、一人の画家の成長をものがたるものだろう。なにかを真摯に追求すればこそ、である。
見た目もエレガントになられた画伯の早変わり三点変化を今日は皆様に。七味展の矢島史織ちゃんは茅野で同郷。夕方にはお馴染み三人娘となって、WEB大里氏と久々のおしゃべり。う~ん、この時だけはマダムをかなぐり捨てて小娘だったかな?
樋口薫展ー最終日
最終日の駆け込みはいつもながら。とはいえ、今日は樋口画伯のお客様に加えて悦子の御縁のスペシャルな方々が遠方から。
年齢順でいくとまず、樋口画伯のおばあちゃまから。大正四年生まれ今年90歳というご高齢ながら現役で油絵を描かれているという。樋口画伯のお母様の妹に当たる叔母さまとご一緒に、横須賀より。父方の御祖父ちゃまは、伊東深水に弟子入り志願したほどの方で、画伯がもの心つくころは自作の絵をご飯粒で表装して楽しんでいたらしい。一人娘にして一人息子のお役も兼務する画伯ではあるが、ひそかにこういうお祖父様お祖母様から画家になるべく刷り込みを受けた可能性も?
式根島からは、島のおかあさんともいうべき民宿松原荘の藤井さんが妹さんと。20年も前から通い続けている画伯はもうほんとの娘のよう。鎌倉の本当のお母様の絵の先生・岡本半三画伯もいらして下さり有り難い事。
悦子関係では、な~んと御殿場の(元)父上が上野の展覧会に絵が入選したとかで、久々のご上京。悦子との縁から絵を描き始めた父上、樋口画伯のおばあちゃまではないが、85歳にして目出度く初入選!折よく秋田からご上京の友子女史と女優の真澄女史がいらしたので、寿命が10年伸びるよう美女が密着、にぎやかな一時を。辻が花作家のたかこ女史はまつりちゃんとご一緒に花を添えてくれた。西馬音内盆踊りが御縁で会った美女連合、場所を東京に変えてまた再会できたのもうれしい限り。早速たかこご一家は式根島の松原荘に行くらしい。ここで出会った方たちもまた御縁を広げていっていただければなにより。
樋口画伯は海と旅の中に、人間の幅を広げてきた。個展の度に大人度を増す彼女の作品は、今展を経てさらに密度の濃いものになるだろう。また楽しみなことではある。
小泉淳作先生と多摩美ーず
だいたい学生数が一学年30人前後と、少ない日本画科。一年生の面倒は四年生がよく見ていたので卒業後も比較的仲良しである。先日もご来廊の尾長画伯と同級の武田州左画伯、山田宴三画伯が、樋口画伯一年時の四年にあたる。当時からやんちゃだったと思われる画伯と遊んでくれた貴重な方々である。また造形大で講師を勤める左善氏もこの頃からのお付き合いという。大学院時代は彫刻の学生がよく画伯のアトリエに呑みにきていたというから、男(?)同士の友情も長い。
加藤・新恵夫妻はやや後輩、芸大出身の山崎画伯はグループ展でご一緒した仲とか。二年上の池田真弓画伯もひさびさにご登場。
また、夕方から画伯同級生の藤井美加子画伯、一年下の根本智雅子画伯などお迎えして、みんな結局先は一人になるよね~などと、老後一緒に住む話で盛り上がって(悦子が管理人らしい)いたら武蔵美ーずの岡野画伯も長尾画伯ものりのり。でも独身の日本画家ばかりいる老人ホームってあまり考えたくないなぁ。
こないだ、三線で歌ってくれた船橋氏は怒濤の出張の帰りに。また手作りおみその名人小清水氏も交えて、今日もまたあとは朧、、になるかと思いきや、突然鎌倉の巨匠・小泉淳作先生の御登場で目がさめる。建長寺の龍の天井画でしられる画伯の眼光は鋭く、さすがの存在感。一番星画廊の星社長とともに見ていただけたのは樋口画伯のお幸せ。どうぞ画伯にも襖絵の御縁がありますように、、、。
教授会?あれ?&浅草?あれ?
多摩美の理事にして歴史学教授の清田先生と、西洋美術史教授の本江先生が、画廊で鉢合わせ。あれ~なんでこんなとこで!?ってハモられたのが面白い。つい最近教授会でご一緒したばかりだという。それぞれによくいらして下さっているのだが、時々このような鉢合わせの現場に立ち会うと、「こんなとこ」の主としてはなんだかうれしい。 樋口画伯も教授陣に丁寧に仕事を見ていただいてうれしそう。
もう一つの鉢合わせは画伯お父上の弟二三男氏と、お父上の浅草精華小学校時代の同級生中野氏の遭遇。共によき浅草時代に幼き日々を過ごされたお二人、奇しくも浅草演芸場で真打ちの御披露目を観てきたばかりという。三社祭りと落語話でしきりに盛り上がり、当時の現場を知らない悦子や武大人をおおいに刺激してくれた。
また、鎌倉からは伯父さまといとこのいずみさんが親娘で仲良く。画伯の家ではお母上もおばあちゃまも揃って絵を描くが、この雨宮の伯父さまも定年後に描き始めたのだという。さすが鎌倉文化圏、樋口画伯の生まれる素地は、こんなところからも伺えるよう。
幼なじみ&旅の仲間
鎌倉ご在住の幼なじみの方たちや旅で知り合った方たちのご来廊。鎌倉・御成小から御成中、七里ケ浜高そして予備校の鎌研を経て、多摩美日本画科卒という絵に描いたような道を歩まれた画伯。さすが地元の御縁が多いが、各時代のご交遊をしのばせる様々な方がお見えになところはお人柄ゆえか。
今日は、小学校からの幼なじみの皆様ー自称ハイミス五人組というらしいーのうち三人の方が。ハイミスとはまた時代がかったいい方だが、見た目はまだまだミス鎌倉で通るお嬢様がた。
手前の方は多摩美の染職科ご出身とのこと。他の科に友人が多いのも画伯の特徴。真ん中の画像の大久保宏美ちゃんは池田画伯の武蔵美のご学友であり、二週続けての登場となった。
鎌倉の海を守る会で知り合った小倉嬢はデザイナー。市民活動の中で、画家の世界だけでは知り得ない色々な方達から薫陶を受けているに違いない。
また、スリランカへの旅の仲間の方々も。本間姉とタム姉と画伯に呼ばれる彼女たち、青年海外協力隊として現地で活動している時に、画伯のお世話をしてくれたのだという。気がつけば今日もいい女たちのエネルギー満載の一日だった。
イルカにのった青年とウルトラQ
海を愛する画伯、鎌倉湘南だけではなく島にもいろんなお友達が。御蔵島は八丈島と三宅島の間にあるイルカで有名な島。学生時代からイルカの研究に来ていて、博士課程修了後そのまま島の観光案内所http://www16.ocn.ne.jp/~mikura/に就職したというコーギーこと小木氏のご来廊。夜10時半発の船で帰るコーギー氏から、島の暮らしのあれこれとイルカのことを聞く。島に昔からあるイルカのコロニーを研究しつつ、保護の活動をしているという。潮風に洗われたさわやかな笑顔の好青年、早速お気に入りに登録する。
また、夕方からは中尾画伯・個展が終わったばかりの池田画伯・WEB大里氏をはじめ樋口画伯の地元のご友人たちをお迎えした。たまたま友人の制作したウルトラQの海賊版なるDVDがあったので、営業時間修了後ウルトラQフリークの中尾画伯の解説付きで鑑賞する。これは傑作!!また映画のおともは豪華和洋菓子。クール宅急便で到着のケーキは鵠沼ラシェットブランシェのもの。また京都鍵善良房の竹入水羊羹は、胸の谷間で暖めると取り出し易い、、(うそです)の図を。
樋口薫展初日
三日遅れぇえの便りをのぉせえてぇ~♪てなことで、無事初日アップ。昨年の悦子画廊デビューでは、初めての具象に挑戦した樋口薫画伯。今回もさらにバージョンアップして華麗に登場。
時々ハンサム樋口としてサイトにも御紹介しているが、いつの間にか四十路の道に。激しい造形意欲に燃えて抽象作品にチャレンジしていた時期を経て、自らの内面に目をむけるようになったとき、象徴として実在のものの形を借りたくなったのだという。
ふと、ある日気が付くと見なれた鎌倉八幡宮の蓮池に渡る風が心に沁みたーというような経験は言葉で説明できないものだろう。器に水が溢れるように、見える世界が変わってきた時に、画伯はためら
いなく今までの手法を捨てた。
蓮に雀といえば古典的な日本画のモチーフだが、果敢に挑戦、見事画伯らしいダイナミックな世界に。蓮を渡る風、雀の羽が起こす風、また椿に降り注ぐ光の陰影を実に注意深く描いている。
一瞬の羽ばたきに神経を集中し、その不思議に胸をわくわくさせて描いた事が画面から伝わってくるようだ。また古画の、画面の奥からにじみでてくるような風趣と、抽象時代に培った造形意識が共存している画面は、今後腕を磨くに従ってさらに光を増してくるだろう。
根っからの鎌倉育ち。「鎌倉の海を守る会」で市民活動もする画伯は、海外青年協力隊などのメンバーとともにアジアでボランティアもする行動派。出ていく先々で、色んな矛盾や人生の機微に触れてきたのだろうが、画伯の健康な精神は全てを貪欲に吸収してきたのだと思う。躊躇なく踏み込んでいく果敢さで、美の秘密に迫ろうとする今回のチャレンジは一見の価値あり。
今日は以外と料理自慢の腕を御披露。多摩美ーず時代の恩師・中野嘉之画伯や尾長画伯など学校関係の方々や画廊関係のお客さまをおもてなしした。絵に描いた雀になりきった画伯の画像とともに。悦子にはねずみ男にみえるけど、、まぁいいか。
湘南友の会集合
悦子も名誉会員を自認する、湘南は茅ヶ崎近辺の画家及びご縁の方々をご紹介。
まず先頭をきって駆け付けてくれた武大人とプリンセス・高井美香画伯。ともに芸大音楽科卒?といいたくなるような歌の名手である。天はニ物を与えるのね。またこの春から京都造形大学でも非常勤を勤めている尾長画伯、武蔵美では生徒の人気を集めるモテモテ講師だとか。独身の彼を射止める彼女はいつ現れるか、楽しみな一人ではある。
林画伯は、気仙沼からの旅の帰りに。名物「ごますり団子」は画商必携のお菓子、これを食べてからはなんとなく口がなめらか。ご利益を頂戴して明日を誓う。今日はご存じ牧ちゃんが鈴木さんと東電の成ちゃんをご同伴してきて下さったので、高崎君も交えて楽しい一時を。
地元茅ヶ崎からは、絵画教室の大家さん高橋様ご一行と、茅ヶ崎美術館にお勤めだったという永原陽子さんがご主人と。画伯のモデルになってくれた事もある陽子ちゃん、ご覧の通り美人の上に長身。初日にきてくれた荒川華ちゃんは可愛らしい感じのお方だったけど、こういう方々のスケッチを重ねて人物シリーズが出来たのね、と改めてファイルを見るのも楽しい。しかし逆さまのポーズって??
御両親のご上京
いよいよ最終日の今日、新潟のご両親がご来廊下さった。一度、沖縄展の折にお目にかかっているがちゃんとお話するのは今日が初めて。妹さんの朋子さんとは、去年の濱降祭の時にお目にかかり、深夜から朝まで茅ヶ崎の路地裏を歩いた。よくよく考えるとその時一回だけお会いしただけなのだが、よ~く知っているような気になるのが不思議。トリビアとマツケンの話で盛り上がったせいか?また、搬出隊員としてご主人・義孝氏も出動、さすがご学友だけあっていい働きを。
新潟日報社に長くお勤めだったお父様のご薫陶の賜で、文章もよくする美弥子画伯。万代橋を描くシリーズの画家にも選ばれて、この度上梓された本にー橋の下 春のながるるをーと題した文を寄せている。日常のあれこれを細かく観察し、いったんそれから離れた人ならではの、機微に富んだ語り口である。絵も然り。観察や写生を全部空に放り投げた上で、俯瞰してみるー下で感じていた鬱屈や不安や喜びやらが、上を流れる気流で拡散し昇華してゆくような感じといえばよいか。
大観の「生々流転」じゃないけど、人間の色んな感情も地面から空に立ち上って四散し、また雨雲となり下に降り海に集まると感じる時がある。画伯の仕事はその愛しい営みの流転の中で、一瞬と永遠が繋がる瞬間をとどめようとしているかのようだ。
例えば、「みどりのあめ」と題された雨は、まるで生き物のように天と地を繋ぐ太い柱だ。南方のスコールに出会うと、その余りの凄まじさに唖然とすると共に、天と地と自分が一体になったようなある種の恍惚を感じる。また「雲の花見」は雲が花を見るという発想の逆転が、画伯の世界観に親和力をもたらしたといえよう。
人が住む建物、という日常をひとつの媒体として、それと繋がる天地との交歓を描いている画伯に、沖縄の取材はどういう影響を与えたのだろうか。まだまだ続く浮遊する視点が、これからどう展開するか楽しみに待たれることだ。
最終日の今日は、名古屋からニィちゃん、大阪の同級生のマダムをご同伴のさくらさん、安住画伯・加藤晋画伯などの画像を添えて。
同級生大集合
故郷の母校・新潟高校の恩師赤井田先生が、越の寒梅を手にさげてご来廊。同期のOBに案内の手紙も書いてくださったとかで、先生の手紙持参でいらした方も。
池田画伯の同級生のお年頃は、仕事でも家庭でも多忙を極める頃。よく集まってくださった。県下でも有数の進学校と聞く。聡明な画伯を見ているとなるほど、と合点がいくが同級生の皆様も。
また武蔵美ーずの同級生プラス女子美エンヌの方々の華麗な画像もお披露目。どうよっ!!てな感じの美人揃い。男のかたもいるにはいらしたが、この時はまぶしすぎたのかそそくさと。結局、貝渕さんのご子息・誠くんが男性代表で。
中野先生と土屋先生
画伯お留守の月曜日、な~んと京都から畠中先生のご来廊、夕方には中野先生がいらっしゃるという御大ラッシュのなか、湯島の画廊羽黒洞でグループ展中の山本隆画伯、仙崎誠画伯、手塚恒治画伯をお迎え。近所の西邑画廊では北村さゆり画伯のグループ展。このまま夜の部に突入というにぎやかな展開。
今日は今日とて日展の土屋先生、森脇先生、武蔵美ーずの先輩・大間々氏、井上氏の他、後輩の松村嬢などの面々も。
また野地練馬守と平塚美術館の郡司学芸員、美術家連盟の方のご来廊を得て美術談義がはずむ。池田画伯のお人柄の由縁であろう。
山菜の恵みニ連発ー長野&中野
連休中、牧ちゃんも悦子も長野で山菜尽くしを堪能。悦子は吉川御大画伯邸で、お庭内の山菜を賞味。おまけに猪、雉子、鹿肉入り猟師鍋までつくっていただいた。お元気なご家族のご様子を。
また中野のいもちゃんのお店では、牧ちゃんお持ち帰りのこごみ、蕗、たらの芽、こしあぶらなど山菜を、かずえさんが絶妙のタイミングで。去年はこの山菜が松露に化けて、茅ヶ崎・吉田邸の朝食御馳走事件というワラシベに出世した。
今年も無事、山の幸を頂戴し夏までのりきるぞー!
船橋氏、沖縄より
連休を八重山の鳩間島ですごしたという船橋氏が、大城美佐子先生に見立ててもらった着物で御登場。嘉手苅林昌先生の唄に感動してこの道にはまってしまったという船橋氏、とうとうステージ用の衣裳まで。
画伯の武蔵美同級生の方々はじめ、M腹氏、山川氏、吉岡氏などお集りの衆の前で、鳩間島の海辺でお稽古したという鳩間節をご披露。
大城先生のとこで踊りの手ほどきをうけている池田画伯はもとより武蔵美-ズの面々も嫌いではない道、カチャーシーにすぐなるとこがさすが美大出身者。そんなにぎやかなご様子をご紹介。船橋氏はウチナーを描いた100号の絵にぴったりはまって、いい調子。
池田美弥子展の開幕
連休がすぎてから開幕しようね、な~んてB型同士なものだから今年が大型連休だったとも知らず今日の初日を迎えた。あれ~なんだかいつもの銀座と違うって思ったら世間様はまだ休み中だった次第。
おかげでの~んびり余裕の、珍しい初日だった。あたかも美弥子画伯の絵のごとく。去年取材した沖縄・宮城島の民家が描かれた100号Sの「南の木に降りる」は雲間から芭蕉の木がニョキニョキ生えて、彼の地のもつエネルギーを感じさせる作品。当地でであったスコールの激しさを印象的にえがいた「みどりの雨」など、美弥子画伯ならではの楽しい色彩が躍動する作品たちを前に、たゆたう空気にゆらいでいるとここがどこかニライカナイのように思えてくる。
神様の視点から地上の愛しい気配を感じていると、魂の幽体離脱ってこんな感じかなって思う。鳥瞰というか俯瞰の構図に画伯特有のひねりが加わって微妙な浮遊感覚を覚えさせるのだ。
時間がとまったような画廊に誘いこまれるようにいらした今日のお客人たちも、顔を横にしたり斜めにしながらこの感覚を楽しまれた。
画伯の取材地はご存じ牧ちゃんの従妹さんの家。トイレは畑という、今は珍しい昔の島の様子を伝えるところだそうだ。画伯はここに泊まって取材。その牧ちゃんからは初日を寿いで、田芋のドロワカシーとクンブイリチー、手製島らっきょうなど差し入れしていただいた。幸せそうな面々のお顔を今日は。
世は連休中
なにせ大型連休なのだという。少しほっとして、普段できないことでも、と書類整理やらなにやら。しかし、めくるめく!と怒濤!がつかないとこの日記の文体らしくないので割愛。怒濤の偶然が重なっためくるめく飲み会の報を。
先日来不思議御縁を語って尽きなかった、例のメンバーがついに勢揃いの画像。前の説明を読まなかった方のために説明すると、ウェブマスター大里っちの古くからの仕事仲間の二人が、偶然にも悦子の多摩美同級生わこちゃんと悦子の元ボーイフレンドの同級生・八木氏だったーという世間は狭い話。どちらか一つだったらよくある話だが、二つも三つも重なるとやっぱり怒濤の邂逅!とかなるでしょ。わこちゃん旦那の福田@上海氏が、一時帰国した機会を得て、大里っちの勝どきマンションであるだけのワインを痛飲!悦子はほとんどマッサージ椅子の上でめくるめく失神状態!以下その画像でございます。
最終日ー黒猫月光氏追悼
16歳という高齢にもかかわらず、常にりえ画伯の身辺にいて画業を見つめ続けていてくれた愛猫・月光氏が昨日天寿を全うされた。
搬入の日も出かけるりえ画伯の側を離れたがらなかったという。最後はりえ画伯のもとで安らかな眠りに。合掌。
偶然とはいえ、今日はりえ画伯お父上ご葬儀の導師を勤められた雪(すすぎ)禅師と、かねて懇意の普門禅庵の見城禅師もご来廊。なにか不思議な御縁を感じる。普門禅庵にはかんのん劇場というホールがあって来月29日には、二胡の許可氏のコンサートが開催されるという。かのヨーヨーマと共演した「シルクロード ジャーニー」というCDは夙に名高い。お問い合わせは042ー378ー1707普門禅庵まで
さて完成度の高い今展の作品、小品という概念をこえる密度に驚いたのは悦子だけではあるまい。食い入るように見つめる画家のうしろ姿が多かったとりえ画伯には報告するとしよう。最終日はりえ画伯同級の松谷画伯と佐藤画伯、またご懐妊中の小林画伯も。
絵を描くことが好きだと心に確認したりえ画伯のさらなる飛躍を願いつつ。
牧ちゃん誕生日会
競馬に勝った日にりえ画伯の絵を購入して以来、すっかり悦子画廊の画家たちのミューズになる羽目になった牧ちゃん。今日は職場の上司でもある横山氏の快気祝いもかねて早稲田のフレンチでディナーを。
さんざん公私ともにお世話になりっぱなしの悦子としてはこういう日にお返しを、と勇んででかけるも返り討ちにあう。
画家さんたちをしって自分の世界がひろがった、とおっしゃってくださるのである。有り難し、とはこういう事であろう。
うれしく慶祝の杯を!
また、牧ちゃん御縁の方で父とも慕う村上先生もご来廊。一度このメンバーで小田原のりえ画伯邸をたずね、山海の珍味を並べたバーべキューをしたことがあった。あれはもう何年前か、なつかしく思い出されたことだった。
カナダ・トロント在住の斎藤典子さんも展覧会のため日本に帰国、元気なお顔をみせてくれた。もちろんトロント名物トリプルクランチマスタードのお土産つき!食べてみたい方は近日中にご来廊あれ!
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