大野麻子展 高校時代のうから

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七里が浜高校時代の同級生たちが、次々と。麻ちゃん画伯、高校時代からのんびりお元気少女だったらしく、体育祭の後夜祭(!久し振りに聞いた!)用のダンス衣装も手作りしていたとのこと。もしかしてコスプレ道の先輩?一緒にその衣装で踊った仲間が今日は。
悦子の頃は、後夜祭といえばフォークダンスだったものだが、麻ちゃん青春時代にはもうディスコ系。湘南でも海が近い七里が浜高校生たち、踊ったまま皆で海に飛込み、ずぶぬれの青春を謳歌したらしい。まるでビバリ-ヒルズ青春白書のような思い出、さすが湘南っ子。
その祐香ちゃんと純子ちゃんの御家族が、久々の変身!風のうからに
なってくれた。今でもそれで七里が浜の海歩けたらすごいね。もちろん御子ちゃまたちは大喜びの一時。
もうお一人の美女は下の看板を見て来てくれた、真由実さん。画伯と話しているうちに、ちょいと前まで茅ヶ崎在住、お勤め先も画伯のバイト先と同じ幼稚園だったことが判ってびっくり!またきてねぇ!

大野麻子展 風の族の饗宴

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大野麻子画伯の個展が一年半ぶりに。前回は悦子画廊でのデビュー戦で、なんとも初々しいほのぼの感が心に残ったものだったが、その後百貨店での展覧会をはじめとして、つぎつぎに個展に挑戦。この間画家としても、人間としても目覚ましく成長をとげてきた。
仕事という大きな潮流が彼女の自覚を促したのか、長閑な中にも集中が感じられる今回の作品、特に色彩の明るさに目をひかれた。
「風の族(うから)」と題された、風の眷属のものたちが今回のテーマ。中国『詩経』成立時代からある「風」という漢字、古くは鳥と同義語。ともに神の領域に属し、霊をあの世からこの世へ橋渡しする役だったらしい。「うから」という言葉は万葉にみえるが、一族ともお仲間ともという位の意味。
大野画伯がこのんで描く、広々とした大地の上空には当然、この「風の族」たちが。「目にはさやかにみえねども」風はいつでも私達の隣にいる。単なる自然現象に止まらず、神からくる発信として先祖たちは風を読み、鳥を敬ってきた。その繊細な受信力を失ってから久しいけれども、知らず知らずに風の音、鳥の声に耳を澄まし慰めとしている…。
大野画伯の描く茫漠とした平原は、静かで明るい。時間がとまったまま光の祝福を受けているようだ。このところ描きはじめた海のシリーズも、光の反射する穏やかな波の揺らぎを。
この陽光に満ちた世界に、動きを与えるのが今回のうからたち。あひるや鴎、鴨などがまったりと寛ぐ。その空気に呼吸をあわせている内にこちらもまったり…。体内時計の進み方が変わってくるような心持ちになる。
初日の今日は、強力な茅ヶ崎のうから応援団が大挙して。今回の額も手掛けた多摩美ーズ・フレーマ-澤田氏をはじめ、武大人、酒呑亭西内氏、その同僚の茅ヶ崎美術館のプリンセスこと栗木嬢、青山博之・美子両画伯など。他、画伯の冠りものを被りたい一心の芸新うなぎだ君、久々御登場のウェッブ大里氏、もちろんイモキン小黒氏も。
この風のうからたち、時とともにさえずりが段々けたたましくなり、小鳥たちというよりも、猛禽類の姦しさに…。中に珍鳥もまぎれこみ彩りを添える光景も。誰が誰かは知る人ぞ知る…。
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平野俊一展 最終日の面々

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トシ君画伯の最終日は愛妻麒麟画伯と仲良く二人で。初日最初のお客様はかの大先輩・仲山計介画伯だったが、最終日の今日は久々の多摩美ーず同級生が。一人は工藤安代ちゃん、アートコーディネイトの世界で活躍するバリバリのキャリア。なんと前の会社在籍中に一年ずつ休暇をもらってアメリカで環境アートの修士をとってきたというつわもの。なにか辛いことがある度、まだ柴田さんがいる、と自らを励ましてきたそう。もっとひどいんかい、悦子のほうが。
もう一人は坪田喜久子ちゃん。この方もただものではない。ある時はニューヨーク、ある時はマダガスカルとさすらいの人生。ほんとはお嬢様なのに、突然消えたと思ったら思いがけない消息が。今日もその冒険潭の前半を。後半はまた後日ということに。全編揃ったら皆様にもお披露目。もう悦子的には受け捲り!み~んな色んなことがあって大人になるんだね、としみじみ…。
トシ君画伯のお仕事関係の建築家三木氏と坂本氏も。麒麟ちゃん関係では、インテリアコーディネーターの山村さんと三浦さんが駆け込みで。皆様ありがとうございました。
明日から大野麻子画伯の展覧会、お楽しみに。

平野俊一展 2nd 黒光画伯とトシママ

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京都から、黒光茂明画伯のご来廊。エレベーターで乗り合わせたものの、様子のよい殿方をそうじろじろも見れず「何階ですか?」と聞くと二階という。さては大坪さんのお客さまか、と思いきや画廊に入っていらっしゃる。え、どなた様?とはじめてお顔を見ると、な~んと先生だったという顛末。いつ気がつくかと楽しみにしていたらしい。
先日、砺波の美術館で先生の大作を拝見してきたばかり。懐かしく思っていただけに驚きもひとしおだった。滋賀の御自宅には比叡越えでよくうかがったもの。淡い色が微妙に重なりあう絵肌ごと時代が蘇るのが不思議…。
久闊を叙していると、トシ君画伯ママがお友達とご一緒に。幼稚園からお絵書き教室に通っていたトシ君画伯。その画業の第一歩からママはよく御存じ、なのでちとこわい。今回は、近所の鶴見川の印象からおこした絵もあって感慨深げ。
そのものを描く絵ではないが、その背後にある景色を見ようとするトシ君画伯の感受性が十分感じられる作品は今回また深みを増した。一つの世界の側に、もう一つ別の世界があるかもと、目をこらして見ようとする感性は彼ならでは。
自分の内側を覗き込んで、何を感じているのか問いかけ続ける作業に終わりはない。これがほんとなのか、という呟きは絵筆を置いた瞬間にまた…。

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