りえぞー画伯うれしい悲鳴!

連日の大盛況にうれしい悲鳴のりえぞー画伯。野地練馬守が引率してこられた某大学のゼミの生徒さん達に、画廊のお仕事の実態をレクチャアー(のようなもの)する。ちょうど、ギャラリー俊の春彦氏もいらしたので助け船をだしてもらった。
また、ビジュアル系アーティストの駒形君が浴衣姿も爽やかな美女とご来廊。違った意味でビジュアル系のいなさんも照れながら画像に納まる。最近、写真では魂を抜かれないことがようやくわかったらしい。りえぞー画伯もいい男系として、多摩美ーズ仲間のがぼちゃん画伯と小百合画伯にすりすりされながらポーズ。
蛸壷を手みやげに来廊されたのは、先日九里ちゃんが連れて来てくださった白石ご夫妻。義理堅いご来廊にスペシャルサンクスを。ちなみにこの蛸壺、悦子が抱いたまま手放さなかったので、画伯用のは別に手配して下さったそう。画廊で何が釣れるか、とても楽しみ!

りえぞー画伯応援団

昨年逝去されたりえぞー画伯お父上のご友人たちが来廊された。展覧会の度、うれしそうに郷里の同級生の方々とお見え下さったお父上。その遺徳を慕って今年も。また、お仕事関係の御友人・増田氏ご夫妻は毎年決まって薔薇の花束を送って下さる紫の人(ガラスの仮面風にいうと)。今年も見事な赤薔薇を届けて下さった。生憎りえぞー画伯はお留守だったが、お父様御縁の方々が奇しくも御同席なさるのもなにか不思議。
銀座まり緒の小川まりママとチーママがちかちゃんと久々のご来廊。その美しさにめくるめく多摩美教授の米谷先生の図といきたかったが、その他山ほど応援団の方々もいらして、画廊はまさに百花撩乱の様相。
そして忘れてはいけない最強の応援団団長・黒猫亭月光氏。展覧会中かまってもらえない淋しさをぐっと我慢して、けなげな応援。今回はその陰の男としての存在を特にご披露。

山田りえ展ー7度目の個展 華麗に開幕

お互い前日まで、ほとんど寝てない状態で当日搬入という、過酷なスケジュール。一体誰が入れたんだ!と自分に怒る。が、朝のこない夜はない、、いや必ずやってくる。ほ〜らやってきた!
最後の筆を置いたのは一体何時なのか、満身創痍の画伯を支えて、旅装も解かぬままみそそ画伯がありがた〜い大活躍。年明けからハードな予定をこなしてきたりえぞー画伯、今日の日が迎えられたのは本当に目出度い。
恒例の大画面こそないが、それを補って余りある密度の高い作品たちばかりで、最後の頑張りが如何ほどのものだったかがわかるようだ。隅々まで行き届いた神経が、これまでにない完成度となって花の命を際立たせている。小さい画面が時に大きい画面を凌駕することもあるのだなぁと納得。ただ、これも大きい画面に挑戦し続けてきた今までの経験があればこその快挙。特に「あやめ」にみる空間は、パワフルなりえぞーの世界から一転、なんとも典雅な趣を湛える。葉っぱ一枚に宇宙をみた画伯の感性が、丁度いい力の抜け方を得てここに集約したか、と。あ〜大安の日を初日に選んでよかった!
それはさて、徹夜でもオープニングパーティの時間になれば、また違う元気が湧いてくるもの。お歴々も、お仲間も、ダーリンも心から今日をお祝いしてくれた一幕をまずは御紹介。

正しいマダム道とお嬢様道

画伯の先輩にあたる加山英里子さんとお嬢さんの万葵さんのご来廊。一体何故加山クラスには美人が多い?という謎は別の機会に解くとして、マダムぶりでは人後に落ちない小百合画伯も脱帽のマダム英里子さんは、故加山又造先生のご子息哲也氏の令夫人。陶芸家として活躍する哲也氏を支えながら、みずからも画家として数多くの個展をこなす。お嬢さんは、多摩美の芸学の現役学生とのこと。小さい頃からバレエをやってらしたとか、華奢な身体に芯が通っている。
今日は、芭蕉の「静けさや 岩にしみいる 蝉の音」で知られる山寺をご実家とするマダムとそのお嬢様もいらして、品の良い雰囲気が画廊内にただよう。付け焼き刃の悦子としては、この正しいマダム・お嬢様道を今後の参考にして精進したいもの、

家族姉妹いとこ全員集合

小百合画伯のご夫君・林茂夫氏のご一家並びにいとこ連合が展覧会に。
甲府のお姉様にはいつもおいしいものをご持参いただくが、今年はご自慢の梅干し。とてもおいしい品につき皆で堪能する。
二人のお嬢さんもいらして、今日は小百合画伯を支える家族の日。いとこ会の皆さんも仲良く銀座の夜をエンジョイなさった。

安住小百合展ー百花撩乱

マダム・リリーあるいは白百合夫人こと安住小百合画伯の個展が今日から典雅に。
黒に漆を混ぜた、まさに漆黒の背景にあでやかに描かれた花々。成熟した画境は今年ますます深みをまして芳香を放つかのようだ。円窓スクウェアという変形の画面の花シリーズも八点目。それに先立つ個展で少女と蝶の作品を二点かいているが、その少女の手から飛び立った蝶々が、これら花々の間を飛び交うという趣向らしい。このシリーズが完成した暁には、さぞや百花撩乱の濃密な花園になるに違いない。
今回はこの連作や風炉先屏風ほか、庭先で丹精した花々と人物・静物など充実した作品群を発表、見応えのある個展となった。
白百合夫人とはいえ、日々の暮らしはある。特に今年は愛嬢二人の受験と、日展出品、恩師加山又造画伯のご葬儀のお手伝いと春から気の休まる間もないことだったろう。しかし、作品からその慌ただしい生活の匂いがすることはない。あくまでも凛然たる空気のもと命の輝きに満ちた作品たちである。如何に花の心に身を添わせて描いているか、思わせて余りあるところが、白百合夫人たる由縁だろう。
初日の今日は、学生時代の御学友はじめ、日展の福田千恵先生などが駆け付けてくれた。豪華なお料理は、白百合夫人のお友達のマダム・井上夫人と若松夫人の心尽くし。お毒味と称して一番堪能したのは珍味堂悦子だったかも。

藤井展大団円ー教え子とともに

昨日は先生たちを御紹介したが、今日は教え子さんたちを。
藤井ター坊氏、作陶の日々のなか予備校と陶芸教室で先生を務める。その生徒さんたちの年齢差はほぼ五十才。十代から七十代までの方達を御相手に奮戦、その人柄を愛されている。
その十代の可愛らしい生徒さんが、「先生の作品ほし~い!」と一つ買ってくださった。自分のおこづかいで買った初めての焼き物とか。なによりなにより。また、今年女子美に入学した生徒も揃って御来廊、最後に花を添えてくれた。
陶芸教室の方の教え子の石山さんは、ご主人と一緒にお買い上げの作品の受け取りに。梟の時計を寝室に置くのだとか。きっといい夢がみられるに違いない。
このように多くの人に愛されるター坊氏の作品とも今日でお別れ。明日からそれぞれのお宅に飾られる梟君やホタルイカ君や蓑虫君やかれい君たちと名残を惜しみつつ、また次回大きく育って戻っておいでと送り出す。この場所の匂い(酒?)はもう十分憶えているはず、、。

藤井隆之作陶展

2002年の初個展以来、悦子画廊では二回目になるターボウこと藤井隆之氏の作陶展が今日から。
五月五日・子供の日生まれの氏の、博多人形のような童顔からは想像できない手練の作品が、二年ぶりに画廊で披露された。待ちきれないお客さまが開廊前から並ぶなか、残りの作品の仕上げで氏は窯の前を離れられない。留守を預かる悦子があたふたしている一時間の間に初日に並んだ作品のほとんどが売約に。
前代未聞というか、阿鼻叫喚というか、もちろんうれしい悲鳴には違いないが、しばし呆然とする。
すでに学生時代から、その才能を注目されていた氏は、大成功だった初個展後も謙虚にこつこつ精進を重ね、また素晴らしい深みを湛えた彩磁を仕上げた。ろくろの腕も、陶の上とは思えない色の発色も、日夜問わぬ努力の賜か、格段の冴えを見せている。前夜、一人で展示をしながら、この二年間に氏が窯の中で割った器の数が思われて粛然とした事だった。
このように見事に開花した才も、時間との戦いにはやや苦戦。完成度を求めるあまり、予定していた作品の半分はニ日後に仕上がるという。多分徹夜を続ける氏のために、窯のなかの神様に祈る。
氏とは多摩美ーズ後輩・藤井美加子画伯の弟として知り合った。日本画が大好きで工藤甲人先生を尊敬するという氏の、焼き肉をおいしそうに頬張る姿にほだされて初個展を引き受けたいきさつも今は昔。
見よ、かつての童子は見事若武者に変貌を遂げてここに作品を残した。洗練を加えた蓮の連作は先人の仕事と比してもひけをとらないばかりか、余人の立ち入れない世界に突入しつつある。初日を祝って駆け付けてくれた方たちに感謝しつつ画像を。

池田展ー次の旅路へ

凝縮した気の満ちた池田展。新作の親鸞像には妙好人・有福の善太郎さんと温泉津の才市さんが描き込まれている。学問や修業によってでなく、信心の心によって御仏に近付いた人たちだ。妙好人の「他力」にゆだねる心は、生かされている感謝とともにある。
中学の時に倉田百三の「出家とその弟子」を読んで感動し、その後「歎異抄」に挑戦したが歯が立たなかった記憶のある悦子も、妙好人ときけばなにか親しい感情が湧いてくるのは、その信心がよく見知ったものであるからだろう。
まして真宗の影響の強かった石見地方では、土地に深く根ざした宗教感があるに違いなく、田を耕すように画伯は自らの心を耕しているに違いない。今は母上の介護をしながらの日々と聞くが、「母を介護しているのではない、母の魂に導かれて、不思議な旅をしているのだ、、。」と。この親鸞像の作品写真を御覧になった岡部伊都子女史から「類い稀なほど美しい」とのご返信を受け取った、という。精神の深まりが絵に素朴な味わいを加えているのだろう。この一連のシリーズを描きながら池田画伯こそ妙好人の境地にいたるのかもしれない。益々のご精進を祈るものである。
さて、最終日の今日は池田画伯の旧知のお友達たちが大勢来て下さった。清水博・まり子ご夫妻、水上洋一郎・令子ご夫妻、また鏑木昌弥氏など、長くご交遊のある方たちに心入れの作品を見て頂き、まずはほっと一息。次の巡回先・富山でまた多くの方たちに見て頂けるよう祈りつつ、、。

堀文子先生を囲む同窓会

明石の橘ファミリーのご登場!NYでご一緒した裕子ちゃんは、今日も華麗なるビーチサンダルコレクションの一点を履いて。ママがお出かけで今日はパパが寂しそうなので、みそそ画伯と悦子が脇侍役。この間からスタッフとして来て頂いている産賀(うぶか)さんもお嬢さんとご一緒に。昨日は男度が高かった画廊、今日は一転して、女の中に男がひとり、の状態。パパきっと長生きするよ。
夜はニューオータニ美術館で展覧会中の堀文子先生を囲んで、各世代の同窓会を。なんだか、一番若くて、一番流動食を召し上がる先生に圧倒されっぱなしの私たち。赤坂有薫という有明の魚料理の名店だったので固形物もおいしかったが、飲み放題のコースにつき、先生に追い付くべくみんな流動食をがんがん!先生の元気にだけでもせめてあやかりたいもの。御健筆を!!

池田一憲展

そもそもの初めは、1988年に西武百貨店で開催された「私の十大弟子展」に遡る。畠中光享画伯・齋藤隆画伯との競作で、このテーマに挑んだ池田一憲画伯の作品は、一際異彩を放っていた。それぞれが際立った画家たちではあるが、池田画伯のとらえた世界は尋常の法をはるかに越えて、突き抜けていたように記憶する。この時、池田画伯の名前を初めて知った悦子だったが、思いは通じるもの、その後お目にかかる機会を得てお人柄を知るにつけ、今度はその並はずれた真面目さに驚くことに。
今回の「十大弟子」は前述の展覧会に前後して描かれたものだが、どうしたことか、十大弟子のうち、「智慧第一」といわれた舎利弗尊者と「頭陀第一」の摩訶迦葉尊者が欠けていた。折にふれ催促してもどうしても出来てこなかったという。以来20年、この作品たちは倉庫にしまわれてきた。今回、これを世に出すべく企画を立てたところ、心にかなうものがあったのか、意外な早さで作品が出来上がり陳列の運びに。
鋭い眼光を放つ尊者の姿は、仏伝を丹念に読み、それぞれのイメージを十全に膨らませたもの。最初の頃はチベット探検の途上、行方不明になった能見寛の人生を重ねたのだとか。「原始仏教教団」の弟子たちのストイックなまでの求道精神を表現するのは、厳しい人生への問いかけなしには不可能だと思う。
見事に凝縮された尊者たちの姿は、白い紙に写しとられ、まるで実在した人のようだ。その眼光に射られ、恐いと背をむける向きもあったが、このひたむきに「求める」目こそ現代が失ってしまったものではないか、と改めて思ったことだった。
池田一憲画伯は、島根の寒村で農業をしながら、この目のまま絵を描き続けて来たたぐい稀なる画人である。最近は親鸞に心を寄せ、その思想を勉強しつつ、「曼陀羅とは動くものである」という梅原猛の言葉を具現化すべく挑んでいる。
この度の展覧会にあたっては、長年画伯を物心両面にわたって支援していらした井浦敏之氏の御協力を仰いだ。共催の富山・立山画廊堀實紀男氏とともに、お礼申し上げる次第である。
ご郷里でお母上の介護を勤める画伯に代わって初日の画廊に集って下さった熱い男たちの画像を今日は。(なんだか異常に男度が高かったのは何故?

松谷画伯最終日

故・加山又造先生のご子息、哲也氏令夫人・英利子さんがお嬢さんの万葵さんとご一緒のご来廊。ご多忙のなかご自身の個展もしていらしたのだという。今日は加山先生が選ばれた桜の刺繍の帯で、艶やかながらきりっと装いを。万葵さんは多摩美の芸術学科四年生。この前お目にかかったのは二年前か、すっかりエレガントになって登場し驚く。 また北海道からは、ギャラリーどらーるの坂本公雄氏のご来廊。10月にデビュー戦の羅漢工房・浦野氏の義理のお兄様とか。ホテルの経営もなさっているので札幌にお出かけの方は是非お訪ねを。彼のサイトhttp://www.doral.co.jp/gallery/index.htmlからたどって悦部屋に遊びに来てくれたのは、やはり北海道の蟹谷さんとそのお友達。うーん、感激!遠くの方がチェックしてくれていると思うと、さらに励まねば、、。 久々の加藤良造・美佐子画伯夫妻もうれしいご来廊。さらに、年末の藤沢で悦子の餌付けの洗礼を受けた土屋君も。このたびは多くの方に今展を見て頂いた。松谷画伯の人徳もあるだろうが、今年はどんな絵になっているか、目が離せない旬の画家だからだろう。次にどう進(深)化しているかまた待たれることである。

同級生大集合!

という訳で(なんのこっちゃ)引き続き多摩美ーズの面々の御紹介。松谷画伯は言わずとしれた加山又造画伯の教え子。特に美人度が高かった加山クラス。先生に励まされて絵を続けている画家の如何に多いことか。
今回の個展の直前に亡くなられた加山先生のご葬儀で、加山クラスの方たちは久々に集まり、改めて先生の御恩を思われたと聞く。一緒に合宿し、加山先生は夜中まで学生とつきあって話に打ち興じたという。個展直前にその恩師ご逝去の報に接した、松谷画伯の心中もさぞやと思われる。
この度はその思いを共有する方たちが数多く来てくださった。りえぞー画伯然り、市川さん然り、鈴木氏然り、亀山氏然り、吉村氏然り、もちろん計介画伯然り。お仕事でご葬儀に参列できなかった計介画伯、教室で生徒たちと黙祷を捧げながら泣けて仕方なかったと、また泣いている。いろんな思いがつまった何十年が込み上げてくるのだろう。ただただ感謝!
また、今日は松谷画伯のモデルをつとめた荒船嬢のご来廊。どこかスマップの中居君に似たかっこいい方。画家たちの間では伝説のモデルさんとか。そんな彼女と同席できた悦子友達の小沼君はにこにこ。そのお友達もラッキー!美しいものが大好きだった加山先生の衣鉢を、松谷画伯も受け継いでいくに違いない

多摩美ーズ大集合

松谷画伯の学生時代の恩師・米谷清和先生と、先輩仲山計介画伯が揃って登場し、現役の多摩美ーズの学生さんも交えて各年代の交歓が。
りえぞー画伯は、松谷画伯とは同期、また後輩の浅見貴子画伯と藤井美加子画伯もまた同期。作家が多い学年というものがあるのはどうしたことか、いつも不思議に思う。それぞれ画風も違うのだが、気付かぬうちに切磋琢磨しているのだろう。
今日は久々のいもきん小黒夫妻のご登場もあり、にぎやかな宴の一夕となった。

テレビ収録とおいちい生活

某氏から度々コスプレなんて止めて大画廊の道を目指そうよ、とご助言を頂きながら、画廊に御縁の方々を増やしたい一心でポピュラー化の道を歩む悦子。今回は銀座の楽しみ方の一方法として、夕方の画廊を取材していただいた。
悦子画廊をよく知る九里ディレクターの肝いりで収録された番組のレポーターは、イラストレイター兼ライターの吉田類氏。山や居酒屋のオーソリティとか。ご本人も絵を描き、一時は画廊をやっていたという御仁だけあって、松谷画伯の作品にも大変興味をもってくださった。何時放映されるかは、また追ってご報告の予定につき、その暁には笑ってくだされ。
夜は、先日お知り合いになった銀座7丁目の「羽衣」という中華料理のお店の方のご招待を受けておいしい生活。名物・点心と絶品の老酒に、今日一日の緊張をほぐす悦子と出演者一同だった。

久々に御登場の面々

気仙沼から、名物「カモメの玉子」をご持参で林の御大がご帰還と思えば、飯田から吉川の大殿が。
デッサン会で松谷画伯とご一緒の梅田氏と林の御大は初対面ながら、松谷画伯を間に意気投合。頼もしいお兄様方がいて画伯もお幸せ。
悦子方のお兄様・いなさんも久々のご来廊、こちらは吉川の大殿と痛飲しつつ旧交を暖める。意気軒昂な殿方をよそに画伯と悦子はもっぱら食欲に走る。また、プリンス内山画伯も「すみませ~ん」と終わり間際の画廊に駆け込み、湘南のよしみの画伯とツーショット。元気であればよろしい!
今日は築地泊まりの吉川の殿を囲んで四方山話など夜の更けるまで、、。

秘密の花園ーいい男編

俳句仲間・九里ちゃんのお仕事仲間が、お休み中の画廊にたちよって下さった折の画像を御紹介。
下の岩戸で一杯きこしめしたご一行は、各年代のいい男たち、プラスいい男っぷりでは負けないりえぞー画伯。ご存じ九里ちゃんはテレビのディレクター。その仕事の御縁の方々、渋めのダンディーは菅原章氏・白石健太郎氏とそのパパ正俊氏をお迎えしちょっとうれしい悦子。
菅原氏のお子さんのために、りえぞー画伯が描いた夏猫も添えて。

松谷千夏子展

松谷千夏子展初日- 連休明け一番、五月の薫風を感じさせる松谷千夏子展が今日から。 例年この季節は松谷画伯とともに明ける。季語でいえば、八十八夜、初夏、青嵐、若夏etc.。彼女が幼少の頃を過ごしたカナリア諸島にもこのように爽やかな偏西風が吹いていたのだろう。千の夏と書いて千夏子。彼女が生まれた時、ちょうどお父上は赤道直下にいたのだという。それに因んで付けられた名前と聞き、なるほど、と得心。 その後移り住んだ場所も鎌倉と海に御縁のある場所である。ものこころついて、初めて見た風光は常に海辺であった事が彼女の色感を決定したといっても過言ではないだろう。 どこか物憂い風の中に身をまかせつつ彼女の人物たちは遠く目線を彷徨わせる。等身大を越えて大きく引き延ばされた顔の彼方に、海はその青色をわずかにのぞかせている。この静けさは一体何だろう。風に揺れる木の葉を見ていると、いつの間にか音が消え、異界に連れ去られてしまいそうになる、そんな漠然とした不安と陶酔。あやふやなその感覚が画伯の絵と一緒にいるとよみがえってくる。 極端に減筆された線と色の中で、「記憶」として留められた残像が立ち上がるような、虚実の境目を彼女は描く。わずかに彩色された作品たちは、見るものの心の中で色を得て生き生きと動きはじめるのだろう。 現実の画廊の中も虚々実々。搬入隊の立野たっちゃんが色付きのドレスに身を包めば、そこはもう怪しい魔窟。現実の女たちは色を失って影と化す。ドイツ出張から帰ったばかりなのに、搬入に呼び出されキャプションまで徹夜で作らされたたっちゃんよ、ありがとう!の気持ちをこめたこの撮影、船頭が結構多くてすんばらすぃ〜画像に。公開できぬ数々は、皆様の中で補ってもらって、と。

中尾画伯最終日ーご家族とともに

熱い男・中尾画伯の展覧会も最終日。最愛の奥様木綿子さんがご子息・寅彦ちゃんとご一緒にご来廊。前にも御紹介したが、実は彼女、辰巳渚というペンネームで「捨てる!技術」という本を書いているベストセラー作家である。モノもオトコも捨てられない悦子としては、なんとか捨てる技術を学びたいもの。
また、茅ヶ崎関連ではご存じ吉田春彦氏とりえぞー画伯も忙しい中駆け付けてくれた。春彦氏のギャラリーで先日までグループ展をしていらした陶芸家の安斎氏のファンの方も。おもしろかったのはその方と安斎氏の話をしていたら、当の本人がいらした事。作品だけで本人とは初対面の彼女は大感激!仕組んでもこうは行かないところが人生の妙。
もみの木画廊の大塚まりこ女史も、悦子と画伯の両方に御縁のあるお方。画伯の次の個展は、彼女のところで9月。また新しい展開をみせてくれることだろう。
明日からは連休で画廊はしばしお休み。皆様いい連休を!!

師匠と表具談義

中尾画伯の表具の師匠・宮坂直樹氏がご来廊。去年の今頃、表具材料店「マスミ」の横尾社長をお訪ねしたおりにここで表具の教室も開設していると知った中尾画伯、早速弟子入り。持ち前の熱心さで、たちまち一本仕上げる腕となった。 ここまで短期間に腕をあげた理由には、今日いらしたお二人が深く関係している。まずは、手に手を取って教えてくれた宮坂師匠の御紹介。武蔵美で講師も勤める傍ら書道家として活躍する熱いお人。今回はアメリカで講座があり、帰って来たばかりというのに駆け付けてくれた。書と表具について熱心に語る二人には35度の泡盛も水同然、まだまだ日本の男も捨てたもんじゃない、と認識を新たにした事だった。 もう一人は、まだうら若いお嬢さん。もう結婚していらっしゃるから奥様なのだが、中尾画伯とよく会っていた頃はほんの小学生だったとかで、その頃に戻ってのご対面。実は先日いらした羽黒洞の品子社長の娘さんの妙子さん。先代の東助社長は名物画商で売った人、その三代目になるのだという。東助社長のもとで厳しい修復の修業に励んでいた頃の思い出話など。 表具は熱い心と細心の手がないと出来るものではない。少しでもいいものを作ろうという色んな人の熱意が絵の周辺を支えているという事を改めて感じさせて頂いた一日だった。


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