お勝手流台所千家茶会

りえ画伯個展の間隙をついて、台所茶会派の初会が数々の名茶会の舞台となった茅ヶ崎・松籟庵で。
そもそもみそそ画伯と旅興行のつれづれに冗談で話していた台所茶会。炉はイワタニ簡易コンロ・銘「鍋之風」、釜は琺瑯引きの花柄鍋・銘「新婚」、柄杓はレードル・銘「御玉」、主茶碗はどんぶり、銘「永谷園」、茶杓はストローでできたフラッペ用・銘「逢い引き」、 建水は子供用ポリバケツ・銘「幼時遊懐」 、お菓子は鯛焼き・銘 『御頭月』など愚にもつかない事ばかり考えている私たちのいうことを現実にしてくれたのは、またしてもプリンス春彦氏。数々の名茶会の演出家である。
今回はその初会だが特別な趣向が。二月の七味会のメンバーの絵を茶室に掛けてそのメンバーの茶会デビューとしようというもの。かくして初の席亭役を勤めることとなった悦子、半東役のみそそ画伯と後見人の武大人を従えてドキドキの出番となった。
段取りの悪さを春彦さんにカバーしてもらってお勝手流にしては過ぎた道具立てではったが、無事お役目を果たし、あとはこないだの連句の続きを。ああーなんでもやってみるものー他の人にはみせられないがー恐いものが見たい方は是非!ご一緒に。

山田りえ展ー8度目の個展 はじまりはじまり

ぎりぎりの女、といえば悦子だが時として間に合わない私と違って、この方は間に合う。いわずとしれた根性の女・山田りえ画伯。 今年もぎりぎりセーフ!!の当日搬入、最後の一点は新幹線でご持参、見事山田りえの世界に。
越畑画伯との会期の合間に壁を張り替え、9年間の釘あとを消した画廊内は久々にすっきり(見えるとこだけ、だけど)。ハードなスケジュールのため画伯にしては小さめな作品たちだが、内容は濃く白い壁からその存在を強力にアピール。クリアで鮮烈な印象を与えている。
また今回は参考作品として、江戸木版の高橋工房さんから依頼のあった、千代紙の原画を展示。樋口一葉の三作品をモチーフにしたりえ千代紙は、平面のデザインという新たな画伯の可能性を切り開いた見事なもの。依頼を受けてから、たけくらべや十三夜を初めて読み、画想に苦しんだことなど微塵もかんじさせない象徴的で斬新な意匠である。するする読めないといって朗読のテープを買い、耳からも聞くという努力をしていたのは知っていたが、ここまで独自の展開をみせるとは思っていなかった。
一葉女史と同時代人で、その肖像や挿絵を描いた鏑木清方画伯とは仕事の方向は違うが、木版に起こすという千代紙作品への取り組みとして考えると、信如の残した水仙に、美登利の差出しかねた鼻緒の紅葉の友禅の布を絡ませるなどの意匠に、一葉の作品世界への同質の愛惜が感じられる。
初日、まだ作品が届かないうちからきてくれた、女性検事様たちも華やかな画伯の世界を喜んでくださった模様でなにより。ご存じ森検事氏のご同僚という亀山検事と寺尾検事のきりりと美しい立ち姿、ああ一葉女史にも見せたい!時代はかく変わった。
恒例のパーティには、台所部門初参加の鈴木摂子さんが各種お料理ご持参で。銀座で働く薬剤師さんにつき、みそそ画伯の野菜とともに健康度に優れた珍味を。牧ちゃんは昨日みそそ画伯の庭でつんだフーチバでジューシーを。つまりよもぎ炊き込みご飯ですな。茅ヶ崎組の麻子画伯たちはしらすや空豆など季節のものを。連日の激走で疲れたりえ画伯も、これら愛の珍味にいやされたであろう。

みそそな日々よ、さようなら

春は忙しい。水仙が咲き、梅が咲き、椿が咲き、そして桜だ。今年の桜は一気呵成にやってきた。自宅の近くに悦子の標準木があり、ちょっと目を離したすきにみるみる満開。
あわてて花見の準備をーといっても掃除が、、、。おり佳く、みそそ画伯という猫の手というか魔法の手があるのを幸い、深夜の大作戦開始。無事テリー佐名ちゃんご夫妻と牧ちゃん、武大人をお招きしてお花見ができた。牧ちゃんご持参のバイオリンでミニコンサートなど。三線を持たせればニーネーズになるみそそと武両画伯、バイオリンにもチャレンジ。
最近、テリーのカットスタジオに通っている山川くんも久々のご登場。めでたく佐名ちゃんと画伯と写れてうれしそう。
最終日の今日は、最近入籍した青山画伯ご夫妻とムラコ村越画伯もご来廊。お幸せのお裾わけをいただいた。
今展の作品は、忙しく走り続けたことが体力となって、一枚脱皮した印象。よく頑張った、と労いたい。ますます爆走!してみそそな道を極められるよう祈るや切。

越畑喜代美展ー再び春へ

春一番といえば風だが、たんぽぽの綿毛とともにやってくるのがみそそな世界。ようやく水温む、とか、長閑とかいう言葉と季節が一緒になった感じの今日この頃、毎度っ!という声とともに始まったさわやか朝搬入ーこのぎりぎり感がいいのよねっっっっっ!と、独り言。
しかもメインのちび巻物が届いてないぞ!きゃあきゃあ騒ぐわりには手が進まない女どもに目もくれず、淡々と作業を進める子犬便・タッチャンにまずは感謝。
なんとかならなかった事はない、と呪文のように繰り返しながら、われらB型チームが存続できるのはA型様とO型様のおかげです。
それはさて超ミニサイズの大作・みそそな巻物は机の上に鎮座ましましているが、これを繙いた人は必ず「欲しい~!」と叫ぶ。題して「御猫日日図」。画伯愛用のトルクメン族のアンティーク絨緞の上に置かれた中国の文机(しかも酒臭い)の前に座れば、宗次郎の曲とともに悠久の時間が流れはじめる、筈。岩瀬家の御猫様たちの、しどけなくも愛らしい姿態を余すところなく伝えるの図は、右から左への時間軸を得てさらに縦横無尽なものとなった。もう一度もう一度とご開帳をおねだりしたくなるこの超ミニ大作は是非実見でご覧を。
明石と大分からのお客様とともにひょっこりひょうたん島の人形制作者・片岡昌氏をお迎えしたの図も。

 

古市正彦展最終日

大学院卒業から五年目、精力的に各種展覧会やグループ展に出品して来た古市画伯だが、銀座での個展は初めて。そのういういしい緊張感につつまれた画廊内は清々しいほど。
最終日の今日は、その初めから応援してくれたご家族の皆様が揃ってご来廊。母方のおばぁちゃまも、寒さをものともせず88才のお元気なお姿をみせてくれた。小さい頃から象が好きで、絵を初めてからは近所の野毛山動物園によくスケッチにいったという。象のダイナミックな形態に惹かれたのかと思っていたら、疲れていそうで可哀そうだったと思いがけない答えが。もちろんアフリカやインドにいる状態の象は見た事がないからなんともいえないが、象の皮膚の具合をみて動物園にいる姿が幸せなものとは思えなかったのだろう。
学生時代から、何度も描いているモチーフだから、余程心にかかるものがあるのだろう。一緒に悲しみながら滅びながらその先にあるものまで描きたいという愛に似た意欲を感じた。その象の肌にも通じる静物たちもまた。その「もの」に対する執着とも熱狂ともいえるような思いを、溺れずに冷静に描き進めることの出来る人である。いずれ好適なモチーフを得た時に、この特性は花開くだろうと楽しみ。
今日は学生時代の同級生たちが最後に勢揃い。特に富士山に一緒に登ったという小島君と竹内君とは今も仲良しとか。搬出もみんなで手伝ってくれ、打ち上げの会へ。画家への道を一歩踏み出した画伯の顔は次の構想へ向かって輝いていた。健闘を祈るや切。
悦子は明日から、沖縄で美崎光邦展。どんな道中になるやら、、。乞うご期待!ひと足さきにうりずんの風に吹かれてくるさぁ~。

阿部一雅展最終日だがね

阿部画伯の最終日、愛知・旭が丘高校時代の同級生である秋山さんがご来廊。先日までギャラリー巷房で個展をしていたイタリア在住の彫刻家である。また高校も大学も一緒の仲良し・服部画伯もうずら会の合間にお顔を見せてくれ、御同席のいとこさんと三人でリラックス。
また先日ご夫妻で見えられたいとこの土田さんは、搬出を待って作品のお受け取りに。今年は秋に名鉄でも個展を予定している画伯、東京での反応を糧にさらにバージョンアップした展開が待たれるところ。
丹念にほどこした下地に描かれた小動物のミニアチュール的な魅力と、墨絵を思わせる空間把握をどんどん引き出して描いていって欲しいもの。ことに今回は三年ぶりの個展だったので、画伯のいろんなチャレンジが見えたが、次はどの方向に舵を取っていくのか、楽しみな事である。
穏やかな人柄につき、荒振らず淡々と描いていくことのなかで、彼独自の道は定まっていく事とは思うが、東京での個展が一つの契機になってくれれば幸い。
今回「俺たちの旅」のロケ地だった憧れの井の頭公園を朝散策したという阿部画伯、二人のお子のパパになってもまだまだ旅は続く。ふらりいこみゃ~。

阿部一雅展

愛知万博で盛り上がる、名古屋は長久手の里より御上京の阿部一雅画伯の個展が今日から。
画伯は1962年名古屋生まれ。1985年に愛知県立芸大日本画科を卒業後、院展を含め多くの展覧会に出品しつつ、母校の保存模写研究会に所属して、法隆寺金堂や名古屋城本丸御殿の障壁画の復元模写制作にたずさわってきた。
1993年名古屋のギャラリーあおいで初個展、2001年には悦子画廊でデビュー戦を。実直な目線でとらえた風景図や花卉図が多かった先回とくらべ、らんちう、かえる、かに、などの不思議な存在感を示すものたちを描いた今展は、独自の工夫で獲得したマチエールの効果もあって一歩自分の内側に踏み出した印象。
画家にとって自分のモティーフを見つける事はたやすい事ではない。毎回手探りの連続だと思うが、少しでも近付こうとあがく事が個展の効用なのかもしれない。派手な主張のない作風ながら、今回は阿部画伯の粘り強い目線を感じさせてもらうこととなった。
江戸時代から数寄者に盛んに愛玩されていた、という蘭鋳。実は名古屋の弥富はその一大産地でもある。学校帰りの子供のように、その水槽の前で動かず夢中でスケッチを繰り返したという画伯の執念は、えもいわれぬ存在感のある作品に結実して現前にある。人間が愛玩鑑賞のために作り出した摩訶不思議な生き物を水槽のなかに見つつ、美しさとか醜悪さとかいう思惑を越えて、蘭鋳と一体化した至福の一時があったのではないだろうか。と、思わせてあまりある作品となった。
二児のママでもある奥様の典子ちゃんは、画伯の大学の後輩。名古屋から車で日帰り搬入のお手伝いに来てくれた。このクラスの宴会に悦子もよく呼ばれて行っては餌付けの儀式をして泣かせたものだった。典ちゃんの可愛い名古屋弁も一聴の価値あり。豊橋からは一番列車で朋友の中川氏がご来廊。画廊関係では、ただいまご懐妊中のコバッチ身和子画伯が、ようやく安定期に入ったとかでうれしいお目見え。またさいか屋川崎店のマドンナ永澤嬢も久々の御登場、プリンス樋口画伯のいれたコーヒーを楽しんでいかれた。悦子は鬼の霍乱か、展覧会の合間にうっかり風邪にやられ熱のためやや潤んだ目で初日を迎える事に。げほげほっ。

 

平野俊一展 3rd 2005年幕開け初日

北から南から珍味佳肴が集まりいよいよ今年の展覧会初日へ。昨日までの冬眠に別れをつげ、いざ勝負の日々よこんにちわ。
今年最初の企画はご存じ・平野俊一画伯展。SOーRAへと題された気象シリーズの作品が並ぶ画廊内は淑気に満ちて、新春にふさわしい雰囲気。まず深呼吸して自分の居心地のいい場所を見つけよう、、と作品たちは語りかける。気象予報は、自分の未来予報へと繋がる様々な暗示を含んでいる。大気の動きに目をこらし身体全体で気象の息吹を感じようとする画伯の意気込みは、沖縄展いらいさらにグレードアップした。
初日の今日は、画伯手製のコロッケや大好物の田いものディルワカシィ数種と珍味合戦。その模様からまずは御紹介。

明日子画伯最終日&悦誕生日

岡山でも有数の進学高で教鞭を取る日々が日常とすると、コツコツ描きためた絵を発表する展覧会は非日常。明日子画伯のハレの日を祝って弟さん一家が群馬からご上京。
弟さんの林健二氏と奥様靖子さんのご実家・藤巻家、御親族の田村家の皆さんに囲まれうれしそうな画伯。まだよちよち歩きの俊太朗くんは新幹線初乗車とか。
この度は絵にお詳しい一族のお眼鏡にかなってなにより。絵がある生活を一人でも多くの方にという、明日子画伯の願いが込められた作品。その思いに応えて下さったご一族に心からの感謝を。
また、会期中、遠く沖縄の百貨店・リウボウの高田氏のご来廊を得た。ご出張とはいえ有り難いご対面。岡山と沖縄からのお客人とあれば、やはり銀座けもの道ツアーにご案内しなければと、おりから来廊の江戸っ子・うぇぶ大里氏とともに路地裏の名店ものほし寿司に。明日子画伯は連日の濃い毎日に目が白黒しつつ充分ハレの日を楽しまれた。
ハレの日といえば、今日19日は悦子誕生日。馬小屋ならぬ牛小屋で呱々の声をあげて?9年。ほほ~、と自分でもびっくりするお年に。今までこんな危険物を生かしておいて下さった皆様に感謝し、久々に例のアレ、、今年はエツケンサン婆てなことで!

林 明日子展ー今年のラストショー

岡山のマスカット娘・林明日子画伯の個展が今日から。三年前、佐藤美術館の立島学芸員のご紹介で初個展。人物中心の構成だった前回と違い、花を描いて屏風や軸に挑戦した。本をみながら作ったという四曲と風炉先屏風は、初めて作ったとは思えぬ出来。俳句で集まる時、屏風の前でしたかった、と作った動機を語る明日子画伯はあくまでも自然体である。
1969年水戸生まれ。15才から岡山で育ち、岡山大学教育学部で美術専攻し、日本画に目覚める。大学院時代から日展に入選するも、その後ひとりでコツコツ絵を描きためてきた。
岡山は、かの雪舟宗純、浦上玉堂や小野竹喬、池田遥邨などを輩出した地でありながら、京都に近いせいか地元の日本画家は以外に少ないという。今回の屏風制作ではないが、ほぼ独学で日本画の技術を習得、かろやかに風が吹き抜けるような余白を持つ絵を仕上げてきた。
爽やかな香気を漂わす一連の作品、特に「チューリップ・光」にある空気の揺影は特筆すべきもの。白麻紙に裏彩色した地に淡い青と赤を添えて、光のなかで揺れ動く存在を描いた。これは間違いなく林明日子だといえる作品だと思う。まだ拙さも見えかくれする中に、深い実在感をもつこの作品が生まれたことをうれしく感じたことだった。
今、佐藤美術館で会期中の及川聡子画伯と、久々登場の横尾英子画伯に激励されたのちは、初日を言祝ぎ湯島のジャズクラブで大人のひとときを。今日は有名なジャズシンガーがきているらしい、、。

美崎氏怒濤!!の大団円

「怒濤!」と「めくるめく!」という言葉の頻度が異様に多い当画廊。だって本当なんだもん。二年ぶり三回目の美崎光邦陶展もご多分にもれず。
中央大学法科卒というエリートコースを捨て、青春の放浪の日々に陶芸に出会った美崎氏。美大に通う訳でもなく、各地の窯場で修業しほとんど自力で作陶、伝統工芸展や日本工芸展で受賞を重ねてきた。
ほとんど狂気に近いほど密度の高い仕事を手掛けながら、50才を過ぎた今展では、初心に帰っておおらか世界を追求。また新しい可能性をかいまみせてくれた。今日も、その新しい仕事を見るべく、色んな方のご来廊を得た。
放浪した揚句、阿佐ヶ谷に住むようになったころのお友達・吉葉さんご夫婦が御登場、早速お買い上げいただいた。
また毎日器に花を生けてくれていた寺田ローマ氏がトレードマークの黒づくめのスーツで現れると、我が画廊のプリンス・ター坊藤井隆之も御登場。お二人で美崎氏の作品について専門家らしい熱い意見の交換を。
夜は夜とて、男の中の男(らしい)いなさんが、美崎氏の器に花を活けるる楽しみをかたり(つつ呑み)、美崎氏のポン友・巨匠室町勝広氏が苦闘時代をかたり(つつ呑み)、美崎氏は愛する二人の友に囲まれ呵々大笑し(つつ呑み)、小娘悦子の想像もつかない世界へと旅だっていくのだった。先生たち身体壊さないで(つつ呑み)してくださいね。さらば!青春。また会う日まで!!

青春の友来る!

美崎氏の放浪時代の友・南平妙子さんがご来廊。なんとあの奥野ビルでギャラリーをはじめたという。「APS」という現代美術を御紹介するところとか。丁度居合わせた美崎氏奥様とは20年ぶりのご対面。若き日々の交遊が、またこんな近いところでまた復活し、話題はつきない。さらに父祖の地富山で御縁のNHKのプロデューサー亀山氏や、阿佐ヶ谷時代の友よりこさんがわざわざ山形からお嬢さんを伴ってご登場。この時間帯画像にはないが、美人が各種ご来廊、ハーレム状態の美崎氏の画像はあえて撮らなかったが、昔からのご友人のお嬢様の画像だけは外すわけにはいかない。画家界きっての清純派井手尾節子画伯は美崎氏の作品の持ち主でもあるのでご一緒に。
悦子は今朝5時起きで母の用意のハタハタを三匹もたいらげて12時の開廊に間に合わせたが、これなら秋田通勤も夢ではないかも?
留守中にご来廊の寺田氏が活けた花の画像も是非ご覧あれ!

直野恵子展ー四年目の反逆

女子美の三年の頃から悦子画廊に遊びにきていた直野画伯。創画会をベースとしつつ、2000年に文月展という三人展でムラコ村越画伯、コバッチ小林画伯とともに悦子画廊デビュー。翌2001年、意を決してソロでビュー。詩的情趣のある白い画面に、繊細なドリッピングをほどこした画風を本領としてきた。
四年目となる今展では、思うところがあったらしく赤を基調とした「破壊の衝動」という作品をDM作品として制作している。白の画面では納まりきらない情動を表現したかったというのも生きている証拠。この生すぎるテーマを絵にするには、まだ昇華されていない部分はあるが、少しでも前に進もうという意欲にまずは敬意を。
この傾向ばかりではないが、今年は特に赤を強調した作品構成。いよいよ30代にはいり、いままでの作風から一歩脱皮した表現を模索しているのだろう。もともと大人しそうにみえながら我が道を変えない頑固なたち。自分の表現したい世界にこだわって一歩一歩を歩んできた。その愚直ともいえる歩みこそ、ナオノ画伯の真骨頂だろう。今までの静かな祈りに、激しい希求をにじませた表現はなにか悲しみに似た、凝縮した空気を醸し出している。
今日は『直野に何が起こった!」と、DMで人を驚かせた彼女の、以外と元気な画像を。画伯近隣の皆様や、中学時代の同級生・永田嬢や北海道かえりの柴田由美子画伯、ご存じ牧ちゃん、Web大里っちなどに励まされるの図。

めくるめく搬入作戦ー初日にたどりつくか?

明日からの第一回羅漢工房展。搬入日にいたる道のりは遠かった。まず、23日の宮永画伯搬出日の中越地震。震源地であのような事になっていたとは露しらず、赤帽さんの待つ前で梱包作業。なんとか絵を支えつつ無事送り出した頃、羅漢工房ではまさに展示台の制作中。埼玉は加須という関越に近い場所だったため150年の古民家に住む浦野家はゆれにゆれていたらしい。
浦野氏は最後の作品の仕上げに徹夜作業、分島氏は初めての展覧会に興奮気味で一睡もできず搬入の日を迎えたという。
浦野氏夫人田鶴子さん、両氏の元同僚・伊東尚子ちゃんなど三人のお手伝いで侃々諤々、喧々囂々、阿鼻叫喚、疾風怒濤の搬入作戦は無事終了。これで悦子が明日の朝ちゃんと起きれれば初日が迎えられる、と一息ついた頃、初日と間違えてご来廊のご家族連れが。
こういうところがさすが多摩美ーズてなことで、同級生には超うけそうなお方の名は永本君。奥方と一粒種のお嬢ちゃまの御披露目も。悦子は卒業以来会ってなかったが、分島氏の初展覧会とあって勇み足もヤムを得ず。
一足早く同僚会と同級会となって、早くも初日前に宴が催されることになった次第で、ますます明日ちゃんと起きられるか危ぶまれる事となった。お父さんの事が心配そうな、分島画伯令嬢・花音(かのん)ちゃん16才とともに今日のご報告。

柴田由美子展ーいよいよ二学期

夏休みの日記状態に、提出期限を過ぎてから泣き泣き書く悦部屋。過ぎてしまえば忙しかった日々も一瞬、楽しさしか残らないのが不思議。ていうか、これが懲りない原因か。なんとか日にちの辻褄だけはあってきたようで、、。
それはさて、今日から画廊の二学期。去年、画廊デビューを果たした柴田由美子画伯の二度目の展覧会から、秋の陣がいよいよ。
同じ柴田なので親戚説が飛び交う中に、隠し子説まであったのは大受けだったが、今年26才の彼女、悦子が22才の時に生んでいれば親子でも不思議ではないお年頃。まぁ画廊でお預かりするからには、親子より濃い関係になるかも。
東北芸術工科大学日本画科で岡村桂三郎画伯に師事、あどけない風貌からは想像できないダイナミックで渋い色調の作風の画伯。これら一連の作品には、大地から立ち上る気をとらえ、なんとか空とつなぎたいという意志がある。目の前に広がる世界の豊饒さに目を見張り、驚きとともに描いているようにも思える。天と地の間にあるドラマを、自分の心をなぞるように直裁に語りかけながら朴訥に積み上げて描いているという印象である。
テクニックよりなによりこの初心を得難いものと思う。計らいを捨ててスケッチを重ねたうぶさを宝として、さらに耕してほしい。
そんな画伯の初日、柴田ファミリーのゴットマザー・鎌倉の豊子叔母がいとこの裕美子ちゃんとともに来廊。今日は近くで観劇だとか、山のように御馳走をつくってきてくれた。ユミコちゃん同士だし、これからもよろしくねとご挨拶。また、一段と男っぷりをあげた林教授、金色に輝くゴジラ持参のご子息多聞ちゃんをつれた野地練馬守、テラコッタ作家の加茂幸子画伯など、二学期そうそう濃いメンバーとなった初日だった。

月星よ、さらば

炎熱の東京。連日の熱風の中来廊の皆様に御礼を。山あり谷ありの会期中も過ぎてしまえば、一瞬。毎日緊張感のある作品とともにいたせいだろうか、暑さを忘れて毛穴も引き締まる思いを。
お別れに、今回の作品「月星」とのコラボを各種ご紹介。作品との一体感をそれぞれに表現してもらった画像を。
もちろん最初は悦子。また、九月にカナダ展を控えている杉本洋画伯ご夫妻、先日画伯がお邪魔した高円寺のお店のマスター(前衛舞踏家)、俳句仲間の松助・磨女の一同。さらに俳友で俳優の伊藤洋三郎氏とCMディレクターX氏及び女優Y嬢も怪しい姿を。ちなみに洋三郎は先頃団鬼六原作「花と蛇」に出て杉本彩をさんざんいぢめた。その妖気が消えないうちに。またX氏は今、放映中の船越桂氏のCMを撮ってる方。これらの方々と別れを惜しんだ「月星」は、これから次の任務地へと旅立つことに。いざ、さらば!

齋藤隆 秩父路を行く

三年ぶりにご上京の画伯。もとより密着ご接待は覚悟の上だが、この度は、ご接待方々顔見世興行の旅。秩父三十ニ番札所法性寺ご住職ご夫妻は、ご自身達たちも絵を描かれることもあって、かねてから画伯のファン。秩父入りともなれば是非御訪ねしなければとのことで、旧知の浅見画伯と。
また、秩父ワイン社長も酒蔵を改造して美術館にする構想をお持ちだとか。懇意にしているドーベルマン村山氏ご夫妻とともにご挨拶に。コレクションや秘蔵のワインを堪能後改装中の酒蔵を見学。外は37度を越す暑さというのに、さすが土蔵は涼しい。朴訥な中に必死で秩父ワインを育てた気骨を偲ばせる社長夫妻の饗応を受けながら、こういう方たちにこそ画伯の作品を、と思う。
夕方からは長瀞一番星ミュージアムにて名画に囲まれながらの一献。星社長自慢のあれこれは話にはきいていたが、これほどだったとはと感心しながら、銚子から届いたばかりという絶品の目刺で冷酒を。昼間のワインにほろ酔いのうえ、渓流の流れを聞きながらのお酒とくればめくるめかない筈はない。ご主人の星社長が日本橋のお店からわざわざ戻って来て下さった頃には、青木繁の絵の下のソファですやすや。もちろん、人家のない秩父路にもカラオケ屋はある。今日の御宿・新木鉱泉に辿り着いたのは午前三時だったか。誰一人帰ろうと言わないのは、みんな只の御人ではない証拠?
瀬を早む音や蛍の来ては消へ  珍味堂遠見

山田りえ展最終日

悦子はじめ画伯たちが、一方ならぬお世話になっている牧ちゃんこと大山牧子女史が、最終日お友達の加藤女史を伴って再々のご来廊。
可愛らしい風貌ながらこのお方は堂々・某社の社長。先日ご友人の歌手ミーコさんがラテンのライブハウスに出演されるとのことでご一緒させていただいき、女三人サルサとサンバに盛り上がり、六本木の夜を謳歌したもの。
りえぞー画伯が鎌倉高校時代に行きつけにしていた名物画廊喫茶「セラヴィ」のご主人やお仲間も最後日に駆け付けてくれてにぎやかに。
大勢の方達にご来廊頂き、りえぞー画伯もほっと一息。毎年、努力を積み重ねてきたからこその事だが、生きる事の迫力が画面に溢れて、人に何か喜びを感じてもらいたいという画伯の願いが少しずつかなえられているように思う。これからがスタート、の思いをますます強くしているに違いない画伯に、

不肖悦子からも熱いエールを。りえ展最後の画像はラテンナイトのスペシャル画像を。(ぬいぐるみを着た悦子ではありません、念のため)

りえぞー画伯うれしい悲鳴!

連日の大盛況にうれしい悲鳴のりえぞー画伯。野地練馬守が引率してこられた某大学のゼミの生徒さん達に、画廊のお仕事の実態をレクチャアー(のようなもの)する。ちょうど、ギャラリー俊の春彦氏もいらしたので助け船をだしてもらった。
また、ビジュアル系アーティストの駒形君が浴衣姿も爽やかな美女とご来廊。違った意味でビジュアル系のいなさんも照れながら画像に納まる。最近、写真では魂を抜かれないことがようやくわかったらしい。りえぞー画伯もいい男系として、多摩美ーズ仲間のがぼちゃん画伯と小百合画伯にすりすりされながらポーズ。
蛸壷を手みやげに来廊されたのは、先日九里ちゃんが連れて来てくださった白石ご夫妻。義理堅いご来廊にスペシャルサンクスを。ちなみにこの蛸壺、悦子が抱いたまま手放さなかったので、画伯用のは別に手配して下さったそう。画廊で何が釣れるか、とても楽しみ!

りえぞー画伯応援団

昨年逝去されたりえぞー画伯お父上のご友人たちが来廊された。展覧会の度、うれしそうに郷里の同級生の方々とお見え下さったお父上。その遺徳を慕って今年も。また、お仕事関係の御友人・増田氏ご夫妻は毎年決まって薔薇の花束を送って下さる紫の人(ガラスの仮面風にいうと)。今年も見事な赤薔薇を届けて下さった。生憎りえぞー画伯はお留守だったが、お父様御縁の方々が奇しくも御同席なさるのもなにか不思議。
銀座まり緒の小川まりママとチーママがちかちゃんと久々のご来廊。その美しさにめくるめく多摩美教授の米谷先生の図といきたかったが、その他山ほど応援団の方々もいらして、画廊はまさに百花撩乱の様相。
そして忘れてはいけない最強の応援団団長・黒猫亭月光氏。展覧会中かまってもらえない淋しさをぐっと我慢して、けなげな応援。今回はその陰の男としての存在を特にご披露。


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