田中先生を囲む会

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神画伯に夕方の画廊をおまかせして、田中日佐夫先生を祝う会に。先生が勲四等旭日綬章を受けられたお祝いにごく親しい仲間で集まろうとのお誘い。
何十年来のご友人という田村能里子画伯はじめ、先生の立命館時代の同級生・谷氏ご夫妻、成城大学の元同僚である戸口先生,著作の担当編集者だった平賀氏や中井氏、同じく編集者の関女史や山内女史、先生の教え子でもある柴田氏、ご存じ野地氏、藤浦氏などの方々とご一緒に。
田村画伯のアトリエでの持ち寄りパーティは、雰囲気といいお料理といい、その辺のお店をはるかに凌駕する豪華さ。先生ご夫妻もリラックスして、久々の面々との会話を楽しまれたご様子でなにより。先生の笑顔を囲んで、いい一夕となった事だった。
益々のご健筆を!

神画伯の華麗な人脈

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神画伯の多彩な活躍を物語るように連日画廊には人が引きも切らずご来廊。
先日もお伝えしたように、画伯は武蔵美の非常勤講師を勤めつつ、通信教育の課程でも生徒を指導。また横浜と横須賀でも日本画教室の講師をするなど、八面六臂の活躍。
翻って家庭では、暗黒舞踏のダンサー・大竹氏を支える妻であり、高校生と小学生のお子をもつ母である。これだけでもため息がでそうな忙しさなのに、今年は佐藤美術館もあったため今展も含めて都合1500号分の絵を描いたという。
中でも圧巻は美術館で発表した227×728cmの「ケイヒン ダイナモ」という作品であるが、渾身の大作を描き上げた後には名品ができる、という説のとおり、気合の充実した作品群を今回もものにした。特に色彩の美しさは比類なく粒子の重なりの微妙な加減は、岩絵の具の特性を知る人ならではのもの。いつもやや暗めの照明で絵を見せる画廊も今回は蛍光灯も全開のハレーション天国モード。隅から隅まで色を見せるライティングは必然的に悦子と画伯の顔も直撃するため、化粧も厚めの展開。暗がりを求める本能と戦いながら「芸術」のため身をさらす仕儀に。
とはいえ、日本画の絵の具の美しさを偏愛する悦子にとっては、この色の奔流はほとんど快感!99パ-セント色だけに集中したという画伯の意気込みを充分堪能させてもらっている。
今日は創画会のお仲間でもあり、武蔵美の同僚でもある尾長画伯はじめ、先頃初展覧会を終えた分島氏のご来廊に加え、武蔵美ーず講師陣、画伯の教え子さんたちやら、恩師の先生、旦那様関係の方など多彩な人脈を示す方達を御紹介。7時の終了時間を待って、中高の同級生の方がたと合流、旧交を暖める画伯。なんと画伯は才媛の集う「香蘭」ご出身とのこと。う~ん、奥が深い。多摩美ーず代表閨秀画家・北村さゆり画伯と、たまたま来合わせた芸大代表高崎昇平画伯とともに元気いっぱいの画伯のお姿など。

神 彌佐子展再び!

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2000年に悦子画廊で初個展。創画展を中心に作品を発表する神彌佐子画伯の二度目の個展が今日から。
その間武蔵美大の非常勤講師や通信過程の教科書編纂に携わるなど、活躍の幅を広げた神画伯。夏には佐藤美術館の個展をやり遂げ、満を持しての再登場となった。
四年の歳月が彼女の熟成を促したのか、一段と透明感を増した色彩の奔流にまずは脱帽。おいおい画伯の御紹介はするとして今日は初日の模様を。
駆け付けた武蔵美ーずの面々と楽しそうな画伯は、やり遂げた達成感に満ち足りた表情で。悦子はWEBの更新が、なかなか出来ずへなへな~。すんません!!みなさま。もうちょっと待ってね!自力の道はなかなか険しく、まだ今日はタイトルの変更の仕方がわかりませ~ん。明日まで許してね!

直野恵子展ー四年目の反逆

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女子美の三年の頃から悦子画廊に遊びにきていた直野画伯。創画会をベースとしつつ、2000年に文月展という三人展でムラコ村越画伯、コバッチ小林画伯とともに悦子画廊デビュー。翌2001年、意を決してソロでビュー。詩的情趣のある白い画面に、繊細なドリッピングをほどこした画風を本領としてきた。
四年目となる今展では、思うところがあったらしく赤を基調とした「破壊の衝動」という作品をDM作品として制作している。白の画面では納まりきらない情動を表現したかったというのも生きている証拠。この生すぎるテーマを絵にするには、まだ昇華されていない部分はあるが、少しでも前に進もうという意欲にまずは敬意を。
この傾向ばかりではないが、今年は特に赤を強調した作品構成。いよいよ30代にはいり、いままでの作風から一歩脱皮した表現を模索しているのだろう。もともと大人しそうにみえながら我が道を変えない頑固なたち。自分の表現したい世界にこだわって一歩一歩を歩んできた。その愚直ともいえる歩みこそ、ナオノ画伯の真骨頂だろう。今までの静かな祈りに、激しい希求をにじませた表現はなにか悲しみに似た、凝縮した空気を醸し出している。
今日は『直野に何が起こった!」と、DMで人を驚かせた彼女の、以外と元気な画像を。画伯近隣の皆様や、中学時代の同級生・永田嬢や北海道かえりの柴田由美子画伯、ご存じ牧ちゃん、Web大里っちなどに励まされるの図。

LABO展最終日

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16回目という、グループ展としては破格の回数を誇るLABO展ながら、沖縄という共通のテーマで取材した今回は、三人三様の個性が際立った展覧会となった。
サブタイトルの「なんくるないさぁ~」は沖縄で「なんとかなるさ」「大丈夫、大丈夫」くらいのニュアンスでつかわれている言葉だが、なんとかならなくてもなんとかしちゃうのもこのメンバー。
トシ君画伯ひとりがO型で、みそそ画伯、きりりん画伯、悦子はB型という破天荒な組み合わせながら、マイペースがいいペースになっている。この間テレビでO型男とB型女の組み合わせが最高だといっていたが、取り敢えず今展に限っていえば、おおらかに構えるトシ君画伯の前で、のびのび振舞うB型女という図式が見事にはまった。
その結果、食べたいものを食べたいだけ食べて会期中全員が太るということに。まったり沖縄時間で過ごす昼下がり、トシ君画伯の描く「美ら島」が風を運び、きりりん画伯の花たちが陽光を伝え、みそそ画伯が走りまわった市場が南国の芳香をかもす。サンシンも流れる画廊内には誘われるように、次々とおいしいものをご持参の方々が。
昨日は沖縄でさんざんお世話になった牧ちゃんが、同級会でまたお里帰りして、牧志の市場でおいしいものを沢山お持ち帰り。武大人ほか茅ヶ崎組もラッキーな一夕となったことだった。悦子とみそそ画伯はS学館の黒川氏と、鴨なべを賞味に。種子島の本物の鉄砲のある座敷の鴨はまた格別で、東京タワーの下にこんな粋なお狩り場 があるとはびっくり!見事に北から南から珍味が届き、食文化の奥の深さに秋の到来をしった悦子。
LABO展が終わればもう初冬、そろそろ去年今年などとおもう頃となるのである。それなのになんと、トシ君きりりん画伯は、この後一気に北海道に飛び北の味覚を堪能するのだとか。沖縄から北海道まで、南北に長い日本の四季は様々。たまたま神奈川というへそのような位置に住う画伯たちは、それぞれの色を作品に移しながら果敢に次の猟場に向かうのであった。

長島VS本江and珍味堂

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お忙しい中、日動画廊帰りの本江氏ご来廊。これから徳島へご出張の合間をぬってとのこと。飛行機のなかで食べる御菓子を差し上げ、せっかくだから来廊中の長島監督とツーショット。なわけないか。
実はこの長島人形、先日ご紹介したレクター・ハンニバル仮面の作者・高野晴生氏ご制作のフィギュア。見れば見る程似ているという作品。ちょっとアレンジしていい感じでしょ。
また、夕方から沖縄の牧ちゃんの姉御・ひろこさんのご来廊。テリーにカットしてもらってのお帰りにつき、超かっこいい!姿で。トシ君画伯の赤瓦作品が気に入って下さり、お買い上げ第一号様に。
そろそろ画廊も閉めようという頃になっての御登場は早稲田大の数学博士にして、東京女子大の奥様に頭が上がらない毛利ご夫妻が。この方はなぜか博士なのに、プログレ系ロックバンドを組んでいるという限りなくあの方ににている人生を。
今日は珍味好きな悦子のためにバンドの相方の実家のたらこをご持参。相方は月島の珍味の館・牧野商店の御曹子という願ってもないかた。大日本魚卵党総裁・たらこ命の悦子にはなによりの土産となった次第。まずはとっくりその画像を。

生活の柄

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こんにちは。沖縄の美味に囲まれてウエスト周りがリバウンド気味の画廊主に(非自発的に)替わって日記を書きます。
ヒロシです。いやヒラノです。
頭一文字しか合っていません………。
ヘリの墜落に出迎えを受け、F16の衝突に見送られ、と波乱に満ちた?沖縄出張を終えてきました。
沖縄では嵐の後の強い日差しもあり、日差しが強ければ強いほど暗い影も出来る訳で、明と暗、正と負、新と旧が同居しながら混沌のままにゆらゆら揺れて、そんな街に呑み込まれ……….嗚呼!「なんくる」ってこういう事かと、ひとり勝手に納得し、泡盛も飲んでまた呑み込まれて、「歩き疲れては夜空と陸との隙間に潜り込んで、草に埋もれては寝たのです。所かまわず寝たのです」と山之口貘の詩を口ずさみ、すべてはとにかく「在りて在るのだ」と酔った口でポツッとつぶやき寝たのでした。
そのままの勢いで突入したLABO16th、見えるものも見えないものも、とにかく何かを見つけていただければと、一同お待ち申し上げております。m(_ _)m
意味不明なところは次の画廊主の説明にて.......。

LABO展ー16th沖縄出張帰り展

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昨日まで展覧会の同級生・分島氏の娘花音(かのん)ちゃんが16才ーてことは生まれた年に始まったのかLABO展は。と思うと感慨深いものが。昨年の15thのDMではその期間の事件一覧を載せて振り返ったが、花音ちゃんの姿をかりて年月をみると、う~ん一言では言い尽くせぬ人生模様が浮かぶんだなぁ。
なんて走馬灯をまわしてる場合ではない。LABO恒例怒濤の当日搬入だ。前の会期を深夜に終えてよしよしと自分の頭をなでてから数時間後の午前7時。子犬タクシーたっちゃんのピンポンダッシュ!で初日が開ける。
とはいえ、16thにつきほとんどおまかせの展示。一時間前にはすべて準備完了で、悦子は秘密のおでかけ。うふふ、、。帰るころにはパーティの準備も完了して、まさに上げ膳据え膳状態。
みそそ旦那たっちゃんが家で炊き上げたご飯が釜ごと据えられたテーブルには、アンダンス~(肉ミソ)やらトシ君手製ラフティやらゴーヤやら、数度にわたる取材と称した沖縄行きがもたらした食文化の粋が。炊きたてあきたこまちにアンダンス~をのせて食せば蘇る極彩色の世界!
そう、1か月前台風のなか沖縄三越で搬入したのもこのメンバーだった。それ以後もう何か月もたったような気でいたが、それぞれに過激な日々を乗り越えて今日の再会となった次第。久々ご登場のいもきん小黒氏やトシ君の御仕事関連の松井氏西村嬢、吉村君、大里っちなどご常連ほか、祭日にもかかわらず沖縄文化の研究にいらした方々が多数。

羅漢工房展最終日

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羅漢工房の第一回展最終日の今日も、最後まで多くの方が。かれらがほとんど二年を費やした渾身の仕事を、ご来廊の方に丁寧に見て頂くのは本当にうれしい。
浦野氏の大学時代の恩師・瀬田勝哉先生も丹念に御覧下さった。美術工芸史を専攻していた浦野氏の、学識に裏付けられた仕事はかねて定評のあるところではあるが、創作という形で学問が具現化した姿をみるのは瀬田先生も少ないのだろう、大変喜んで下さったことだった。
また、分島氏の恩師・米谷清和先生も、日展のパーティの前に汗を拭き拭きのご来廊。かねて分島氏の才を喧伝してはばからない先生のこと、この度もしきりに感心して御覧に。
初日に駆け付けてくださった西村氏の奥様とお嬢さんもご来廊、熱心に見てくださった。NASAで使われているスーツケースを漆で仕上げ、中に友禅を張り込むというような数寄の極みの仕事を手掛ける西村氏、今展にも大きなエールを送ってくださった。御紹介で写真家の藤森氏や浦上満氏など大物のご来廊も。
いろんな方に激励の言葉をいただき、応接の合間にもやって来た事が間違いではなかったとかみしめている様子の両氏、また次に向かう力が湧いて来たと感無量。
展覧会は、自分を振り返る一里塚という。この会期中これからやりたい事も、今までやりたりなかった事も胸中に去来したことであろう。かけがえのない仕事上のパートナーを得て、夢と思っていた事を実現した手応えは十分あったはず。これをスプリングボードにして更なる展開を祈るものである。

突然ですがー羊たちの沈黙コスプレ

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文化財の補修などを手掛ける方々のご来廊も多い中、今日突然久々のコスプレをする事になったのは、両羅漢様の元同僚・高野晴生氏制作のすんばらすぃ~フィギュアを拝見したため。
さすが、芸大日本画科卒の実力か、10cm大のミニチュアサイズで作られた長島茂雄だの志村喬だの黒沢明だのが、非常に精緻に作られている。その中にふくまれていた『洋たちの沈黙』としゃれて題された一枚の紙。切り線通りに切ってのりづけすると、な~んとレクター・ハンニバルの仮面が。
そのあまりにも素敵な仮面を見たら、もう我慢なんねえ状態の悦子。居合わせたテリーと佐名ちゃんとともに、かのレクター博士にヘンシ~ン!
れっきとした紳士のテレンス・コールマン氏も、さすが切り裂きジャックを生んだ国イギリスの御人。見事変身して以下の通りに。まぁ佐名ちゃんと悦子はせいぜいミュージカルの『キャッツ』ぐらいのことで、、。まずは御覧あれ。

羅漢を支えた人たち

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今日のご紹介は、長きにわたり両羅漢を支えてきてくれた方々を。まずなんといっても殊勲はお二人の奥方ー浦野夫人田鶴子さんと分島夫人せい子さん。このお二人の支えなくしては、羅漢といえども今展を迎える事はできなかったであろう。両夫人とも学生時代からのお付き合い。田鶴子さんは浦野氏の学部の先輩にして、泣く子も黙る才媛。民俗学の教科書などもかるーく執筆しちゃう学者さま。また、せい子夫人は、な~んと分島氏予備校時代から彼を食べさせていたという。彼女が弾くチェンバロを作ろうと学生時代頑張っていた分島氏を思い出す。(ちなみに彼は悦子の多摩美ーズ同級生)。しかもそのチェンバロに絵を描いていたというのが、また今回の漆の仕事に繋がってくるのが凄い。多分貧乏だったその頃、奨学金を注ぎ込んでの製作だったというから、愛情のいかばかりだったかいわずもがな。
また、岡山から分島氏妹さん・お父様のご来廊。お祖父さまの代には瀬戸内に島も持っていたという家系だけあって、美男美女の一族だ。
むし関係では、伊藤弥寿彦氏が伊藤博文氏のひ孫、大久保氏は大久保彦三衛門の直系とか。なんだかすごい方たちに応援してもらってお幸せなお二人を。

羅漢の恩人たち

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羅漢工房は、仏像や伎楽面など文化財の修理と出土漆製品や土器などの埋蔵文化財を主に手掛ける浦野氏が立ち上げた会社である。
翌年、屏風や襖絵などの文化財の復元修理や模写に携わった分島氏が入社し、それぞれの分野をいかした作品づくりをしていこうと、共通する漆の師をもつ二人の共同作業による作品制作が始まったのだという。
漆芸家・村井養作氏のもとで、浦野氏は1987年から変わり塗りを、また分島氏は1992年から蒔絵を学び、今展では下塗りまでを浦野氏が、蒔絵を分島氏が受け持つ形で制作した。
工房として発表する初めての作品展となった今展のテーマは厨子と龕(がん)。お母さまを亡くした分島氏が長年暖めていた思いから構想は始まったのだという。本来は正倉院の玉虫厨子にみられるように、神仏を納める函といった意味合いのものだが、彼等の意図はそれに留まらず、大切なものとの「対話装置」として企図したもの。
古典作品の復元模写を通して培った美意識と技術を生かし、現代の感覚で作品を創造するというチャレンジに二年を費やした二人は、今、満身創痍ながら大きな喜びにつつまれているようだ。
おおげさにいえば、彼等の今までの人生の集大成ともいえる作品は、それぞれの生き方を反映して美しく凛然と画廊にあって訪れる人の目を奪い、驚かせている。
厨子の中の宇宙は、それが空洞であることでさらにその奥行きをひろげ、華麗に施された外側の装飾にいっそうの荘厳さをあたえている。
一体ひとは函を開ける時、心のなかに何を思うのだろうか。そして、この宇宙になにを置きたいと念じるのだろうか。この厨子を見る人たちの背中に、そんな問いかけをしてみたくなる。
今日はお二人の漆の師・村井先生のご来廊を得た。また、卒制も買い上げてくれたという分島氏奥様のご両親、虫好きのお仲間で、10代から兄弟のような親交という伊東弥寿彦氏とお母さまもご来廊。長い間、そしてきっと今もお世話になっているに違いない方たちに、今回の成果を見て頂く両氏の恍惚と不安の表情を御紹介

怒濤の初日ー羅漢様たちの饗宴

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案の定、初日だというのにぎりぎりの時間に滑り込む悦子。画廊の前には心配そうに佇む浦野羅漢とそのいとこさんで北海道でギャラリーどらーるを営む坂本氏の姿が。
大車輪で開幕した画廊には続々と今回の羅漢様たちのためにお祝いにかけつけてくれた。中野でシルクラブという呉服ギャラリーを経営なさっている西村氏はいきなりのお買い上げ。浦野羅漢の地元加須からは内田様ご夫妻も迎え、分島羅漢もアドレナリンが出っぱなしのご様子。
浦野羅漢は縄文時代出土漆製品や仏像修理を、分島羅漢は瑞巌寺の障壁などの復元模写を中心に、数多くの文化財を手掛けて来たエキスパート。かねて旧知のふたりが、羅漢工房として、初めて作品を発表する今展。はやくもそのただならぬ技量と美学に注目が集まりつつある。
怒濤の初日はやはり怒濤だけあって、お二人の広い交際範囲を示すかのように各界の方が多数ご来廊。詳しくはあとで述べるとして、今日は画像でその一端を。

めくるめく搬入作戦ー初日にたどりつくか?

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明日からの第一回羅漢工房展。搬入日にいたる道のりは遠かった。まず、23日の宮永画伯搬出日の中越地震。震源地であのような事になっていたとは露しらず、赤帽さんの待つ前で梱包作業。なんとか絵を支えつつ無事送り出した頃、羅漢工房ではまさに展示台の制作中。埼玉は加須という関越に近い場所だったため150年の古民家に住む浦野家はゆれにゆれていたらしい。
浦野氏は最後の作品の仕上げに徹夜作業、分島氏は初めての展覧会に興奮気味で一睡もできず搬入の日を迎えたという。
浦野氏夫人田鶴子さん、両氏の元同僚・伊東尚子ちゃんなど三人のお手伝いで侃々諤々、喧々囂々、阿鼻叫喚、疾風怒濤の搬入作戦は無事終了。これで悦子が明日の朝ちゃんと起きれれば初日が迎えられる、と一息ついた頃、初日と間違えてご来廊のご家族連れが。
こういうところがさすが多摩美ーズてなことで、同級生には超うけそうなお方の名は永本君。奥方と一粒種のお嬢ちゃまの御披露目も。悦子は卒業以来会ってなかったが、分島氏の初展覧会とあって勇み足もヤムを得ず。
一足早く同僚会と同級会となって、早くも初日前に宴が催されることになった次第で、ますます明日ちゃんと起きられるか危ぶまれる事となった。お父さんの事が心配そうな、分島画伯令嬢・花音(かのん)ちゃん16才とともに今日のご報告。

宮永展最終日

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ポーランドから婚約者アガタさんを伴って帰国の画伯は、来年の結婚をひかえてご郷里へご挨拶に。お留守を預かる悦子は、色んな方と初顔合わせ。とはいえ、みなさんすでにウェブページを閲覧済みーコスプレページ見ました、といわれると身もすくむ思いだが、話は早い。
是非ページにご登場を、ということで横浜の吉田ご夫妻を御紹介。やはり、ポーランドで画伯の親切なアテンドを受けて、東京での初個展のお祝いに。また山形からはやはりテンペラ画家のサイトユフジ氏が。画像はないが福岡教育大時代の恩師でニ紀展の滝純一先生や、諏訪中央病院の蒲田先生ご夫妻など遠方から多数のお客さまをお迎えした。
最終日の画廊は、駆け込みのお客様が次々といらしたが、群馬からは若林加代子ちゃんがわざわざ。画伯は不在だったが、作品を鑑賞しつつ最後の宴。なにせ初日ワイン15本が空になった今展、さしもの悦子酒蔵も在庫薄。とはいえ、珍味役員杉田氏が千葉の焼きハマを買ってご来廊とあれば、秘蔵のお酒を出さない訳にはいかない。俳句仲間の誠子さんやななめちゃんなど、イケル口の面々もいて加代子ちゃんもうれしそう。名残はつきないが、重厚華麗な作品たちともお別れ。日本に残る事になったポーランド生まれのワンコたちよ、画伯にかわるご主人様のところで可愛がってもらうのよ~!

ありがたや父母の恩

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大分は国東半島のご出身の宮永画伯。遠方のため上京かなわぬご両親にかわって、お父様の恩師・溝辺先生ご夫妻と、お母さまの幼なじみという水谷さん親娘のご来廊。
豊後水道の豊かな恵みに育まれすくすく大きくなったとおぼしき画伯も、お父様お母さま御縁の方々の前では、幾分身を縮めてご対応を。
お父様のこどもの頃の恩師である溝辺先生、初めて赴任した頃の国東は、ほんとに鄙びたところだったらしく教え子宅に下宿しての通勤だったという。今でこそ磨崖仏で有名な場所になったが、その頃は行ったこともなかったというから、時代といえば時代。今は空港も側に出来て便利この上ないとか。
九州男児とはいえ、武張ったところがなく実に礼儀ただしい画伯の性格は、こののどかな自然がつちかったのかも。
また、日曜日の昨日は、結婚式かえりの面々がくしくも画廊で鉢合わせ。福岡からはテリーの若いお弟子・原口綾花ちゃん、金沢芸大出身のお二人、金沢の稲熊君と姫路の北川君はともに彫刻家。宮永画伯の同級生河野君ともども、若い方たちの会話もはずんでなによりなにより。

どのくらい大きいか、というと

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ポーランド関連のお友達が大勢駆け付けてくれて大にぎわいだった昨日に引き続き、悦子関係の方では京都のマカロン落合画伯ご夫妻、ムラコ村越画伯、武大人画伯、府中美術館館長の本江邦夫氏などの方々が次々のご来廊。多摩美の教授でもある本江氏を囲んで、宮永画伯の御縁の現役多摩美ーズ・片山真妃ちゃんや卒業生が学校では聞けない色々なお話を。
また、養清堂画廊で個展中の筆塚稔尚氏や、同じく版画家の遠藤竜太氏も、国際版画トリエンナーレのあるクラカウ御縁のお方。かの地で、宮永画伯にマージャンを仕込まれたという。
さて、宮永画伯アガタさんがどのくらい大きいか、という話も以下の画像で一目瞭然。大きいちゃんクラブとちっちゃいちゃんクラブの共演をとくと御覧あれ。なんか、サウンド・オブ・ミュージックみたいでしょ。

宮永匡和展ーN.Yの後はポーランド

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イザベル画伯の搬出に、沖縄展の荷物の整理、宮永画伯の搬入と大車輪で働いた昨日。なんとかセーフに漕ぎ着けて、怒濤の初日と相成った次第。
N.Yの里佳画伯から、沖縄展、またN.Yのイザベル画伯ときて今日からはポーランド・クラクフ在住のテンペラ画家、宮永匡和画伯と海越えの企画は続く。
台風22号が東京に上陸した日、奇跡的に成田に到着した画伯とパートナーのアガタさん。嵐のなか作品満載の車で高速を飛ばして来てくれたご両人、宮永画伯194cm、アガタさん180cmというビックなカップルにつき、目の前に壁ができたよう。今年34才になるという画伯は、いかにものびのび育った好青年。大分で1970年に生まれ、福岡教育大学から筑波大学大学院芸術科修了。その後JICAの派遣でポーランドに行き、古都クラクフの美術アカデミーを卒業した。日本ではニ紀展に出品し、1992年に大賞を受賞している。主にヨーロッパでで発表し、地元大分のみさき画廊さんで日本初個展。東京では悦子画廊がデビュー戦という。
アガタさんは鹿児島大学に留学して日本文化を専攻した才媛。今はカールスバーグというビール会社に勤めている。
今展では101匹ワンちゃんならぬ14匹の犬が勢揃い。几帳面に左をむき整列している。なぜか画伯に面差しが似ていて、飼い主はアガタさん?ってちゃちゃを入れたくなる感じ。
初めての東京個展という事で、ポーランドで画伯の親身なアテンドを受けた方々が多数お見えになった。劇団木山事務所の方々や、日本に留学中のポーランドのお嬢さんたち、クラカフ国際版画トリエンナーレで受賞し、個展もなさった片山憲二画伯ご一家など大勢の方々がお祝いに駆け付けてくれた。悦子関係では、ご存じテリー&佐名ちゃんご夫婦、宮永画伯を悦子に御紹介下さった野地練馬の守、佐藤美術館学芸王子・山川君、ウェブリニューアルで大忙しのマスター大里っち、銀子、トシ君キリン両画伯などのご来廊。とり急ぎ、大にぎわいの初日の模様を緊急アップ!!来て下さった皆様、有難うございました。

イザベル・ビゲロー展

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最終日の沖縄、八時三十八分に怒濤の梱包作業を終えて九時発の東京便に乗れたのは、まさしく奇跡だった。翌朝はイザベルの初日、いない訳にはいかない。泥縄とはいえ根性の帰還作戦だった。
すでに留守中、スタッフの美智子ちゃんが搬入を済ませてくれていて、完璧な準備態勢だったが無事初日が終わった時にはさすがにほっとしてへなへな~。
ニューヨークから届いたばかりの作品は、バーチャル展で御覧のようにビビットな色彩なのに、落ち着いた印象を与える平面。パネルにオイルで描いたというが、一見型染めの布を思わせる質感をもつ。また、龍安寺の石庭の印象を強くイメージさせるRed rocks と題された三点は、微妙に描き方捉え方をずらしながら面から線へと作品を抽象化させている。また、琳派的表現としての波や草への意匠的チャレンジも、イザベル画伯独特のマチエールとあいまって、なんとも不思議な空気を醸し出している。
2000年末初めて日本で個展をした折には、微妙な陰影を柔らかな色調のトーンで描いていたイザベル画伯、約四年の歳月の折々、送ってくれる個展のカードに「八ツ橋」のシルエットなどを認め、来日が彼女の中にひき起こした一種のカルチャーショックをうれしく思ったものだったが、今展でいよいよ本格的に自分のモティーフとして取り込んでいるのを確認し、粛然と対峙させていただく事となった。
伝統的な日本画の様式を当たり前のように享受し、あたかも自分のもののように感じながら、伝統的といわれる画題を伝統的な様式で、しかも自分のものとして描く人が今日本にはいない。本物が凄すぎて描けないのかもしれないが、海の向こうから王手!っと言う感じでイザベル画伯の「石」が届いた時、何か忘れていた宿題を目の前に出されたような感じがしたのが面白い。
もちろん違和感もあるし、表層的すぎると思わなくはないが、画伯の表現したかった世界は、ある種静謐な詩的イメージだろうから、その印象を第一義に味合わうとにわかに赤い石が奥行きをもち始めた。フラットな平面に心を寄せていくと、その磨かれた表面のにじんだような線が動き出すー前作の陰影シリーズの影のように。石たちを彩る赤も静かにその吸引力を強めていくかのようだ。一度この前で座禅でもしてみようか。
板東里佳画伯との御縁で、ギャラリー上田の上田恵社長を画廊にお迎えした。御同席は戦う精神科医・ドクター山下。この日は名誉の負傷を追って現れ、ここでは語れないその顛末などを夜中まで。また、現代美術の宴三君も共感をもって鑑賞してくれた。以下画像でご紹介。

無敵の後発隊・那覇を行く

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色々な組み合わせの画伯たちと取材同行したが、こんな濃いのはない、と思われる武大人VSりえぞー画伯。台風で鹿児島に足止めされていた作品も無事届いたギャラリーにご到着あそばした。連日の御仕事疲れもものともせず、早速モデルになってもらった大城美佐子先生のお店にご挨拶を。
すっかり那覇の裏道にも通じた武大人、昨日までここに居たかのような雰囲気で先導を。またりえぞー画伯はどこに居ても堂々となさっているお方につき、な~んにも心配いらない。大城先生のところで別動隊の牧ちゃん、セイヤと合流、今宵も楽しく盛り上がる。
NHKの取材があり、ニュースで紹介されたせいか、翌日の会場は日本画というものを見ようと大勢の人が押しよせ、十人十色の画家の個性に驚いている様子。日本画の、しかも若い画家たちの作品が沖縄で発表される機会は稀だという。『見なれない表現だが、きれいだ。イメージが変わった』というご意見が多かったのは有り難いこと。生きて動いている日本画の佳さが伝われば今展の甲斐はある。
新潟からは池田美弥子画伯の御両親もお迎えしてうれしいこと。悦子の好物の珍味みやげつき(珍味堂の噂は鳴り響いているに違いない)。沖縄で食べる新潟の枝豆、大変おいしゅうございました。御礼を。
このように、色々な人と出会わせてくれた、二年越しのー美ら島を描く展ー、開けたのはひとえに沖縄のベースとして、画家たちのサポートをしてくれたセイヤ役員のおかげ。もうこなくていい、と言われそうだが、これでようやく一歩が記せたところにつき、まだまだよろしくねっ!そしてありがとう!沖縄ぬカヌシャマヨ~!

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