古市正彦展ー三度目の挑戦

古市画伯の三度目の個展が今日から。
まずは、彼の用意したコメントをご紹介。
まだ街の灯が少なかった頃は、月明かりが家路を照らしてくれたと言う話を聞くことがあります。私が物心つく頃には、街には光があふれ全てのものを映し出し、その先には確かに欲しいものが存在している。欲しいもの全てが、手に入るかは別として、そんな風になっていた気がします。だから私自身、正直に言うと月がきれいに出ているとか、雲がかかっているとか思うことは有りますが、月明かりがそれほど明るいものと思うことはかなり少ないと言えるでしょう。そんなことを考えながら、夜の空を眺める日々が続きました。そして今回、「月明かりが照らし出すもの、イメージやストーリー」ということをテーマに絵を始めることは出来ないかと思ったのです。太陽の光が反射して出来た間接的なその静かな光は、時に悲しく、時に優しく物事を照らし出してくれるのではないか。そして大切なものほど、小さく光るのではないかと。月明かりというよりは、街灯に照らさた家路の毎日なのですが、大きな光の中で、小さな光に照らされているこのときを、見つめ続けていきたいと、思うのです。皆さんに今日見たこの絵を、いつか思い出していただければ、幸いです。

山田りえ展ー10度目の個展

十度目の個展は朝から波乱含みの展開。ぎりぎりの女が二人揃えば怖いものはないが、今回もまた奇蹟のように障害をクリア。無事初日の幕が開いた。
今展のメインはやはり「立夏扇面図」と題された二曲一隻風炉先屏風。夏のはじめを彩るクレマチスとスズランを清楚に描いた。砂子と金線の地に品良く並んだ扇面はりえ画伯の近年の成熟ぶりを表して余白が美しい。また、白い露草の背景など薄墨をはいた空間が何とも玄妙。フラットなのに深い奥行きの空間のなかで、根付きの草花が命を謳歌している。
この生命感がりえ画伯の作品の本領。画面が絢爛豪華な箔でも渋い薄墨でも、中に描かれた命は溢れんばかりのエネルギーを発している。花の形を借りて、見えない生命の秘密を描いているかのようだ。
花を花ならしめている要素と自分との間に何の違いもない、という画伯の筆先からは万華鏡のように華麗にイメージが紡ぎだされる。大胆にときに細心に彩られたその画面を見ていると生命の躍動のなかに、滅びの予感ともいうような豪奢な気分が潜んでいることに気づく。
季節のうつろいは日々のうちに自然の摂理を教えてくれるが、その変転の相も含んでの美なのだとりえ画伯の絵に凝縮したものたちは語る。毒にも薬にもなる植物たちの、その内に生成のドラマを抱えつつなにも知らぬ気に風にそよぐ姿はなんとも優雅。
今展ではいつもの目を圧倒する大きさの作品に変わって、江戸期の草木画を思わせる静かな光をたたえた作品たちが画廊の空気を清浄にしてくれている。十年経た成熟をご覧あれ。

 

平野俊一展 4th

画廊ではおなじみの顔・平野俊一画伯の4度目の個展。え~まだそんな回数だったっけ?と思うが、毎年開催のラボ展で存在感を示しているせいだろう。
さて、今回のテーマは「blur」。ちなみに意味は、[名]かすんでぼんやり見えるもの、思い出などぼんやりしてるもの。[動]光景・意識などをぼんやりさせる、書き物をにじませる。などのことをいう。
平野画伯のコメントによると、「夕暮れから夜にかけて 眼鏡に頼らず裸眼で見たその風景は さらにかすんで または滲んで 事物の在処を消されてしまう しかし その時にはすでに私のメモリーには その光景がしっかりと焼き込まれているようなのだ」とのこと。
自宅近郊の散歩コースが取材地。夜の帳が街を覆い、人工の光が太陽に変わって瞬きだす頃からが平野画伯の今回の世界だ。都会のありふれた街に毎日繰り返される光景ながら、この美しさはどうだろう。郷愁のようになにか物悲しさをともなう懐かしさを思う。夜の世界を照らす光源はそれぞれだが、太陽のようにあまねくという訳ではない。その一灯の及ぶ範囲はおのずと決まっているからだろうか、孤独に何かを守っているようにも見える。その夜に向かって溶け出していきそうな人工の光のドラマを、自身の心象として描いたのが今展の作品たちだ。
滲む、歪む、ぼやける、世界はいろいろに表情を変え、確かな像を結ぼうとする意識を翻弄し続けるのだ。その流動する自由さこそ画伯が希求するものなのだろう。変幻する世界を彼は見続けて、そして描き続ける。

 

矢島史織展スタート

前回の七味展メンバーである矢島史織が銀座個展デビュー!。春の日差しとともに、長野の茅野から現れた。
1979年長野生まれ。地元諏訪二葉高卒業後、2005年多摩美大学院美術研究科(日本画専攻)修了。同年より個展、グループ展など精力的に活動を始める。
銀座でのデビュー戦になる今展では「光と影」をテーマに80号、50号、30号の他、20号の連作、4号、0号など9点の新作を発表した。
地元紙の取材に「光と影のみが存在する空間の中で現実世界をリアルに感じる一瞬を表現したいと思っている。」と答えた画伯。「光と影のコントラストの強弱や、木漏れ日の動きを見ていると、自分が社会で感じているあいまいさに重なってみえる。」とも。
ナイーブな色感で描いたその世界は、実は強烈な観察眼に支えられている。定まらない「曖昧」のうちに真実が隠されているのを本能が知っているのかもしれない。その匂いを追いかけるように取材を重ねている。一見抽象にみえる「光線」シリーズも、ガラスの浮き球を透過する光の変化を丹念に記録したもの。夕方の斜めの光線が作り出す色と形のドラマは神秘的なものだが、手にしたと思ったら砂のように零れだすーそのあやふやな残像を印した。
「dream」と題された作品は木漏れ日が家の外壁に揺れ動く景を描いているが、これもまた幾重にも重なった記憶の集積のような幻想的な作品。「虚」と「実」のはざまが作りだした「白昼夢」とも。
いずれ日常のありふれた光景でありながら、定かならぬものー時間であれ、光であれーの美しさの秘密に迫りたいと願う心はいかんなく作品に投影されて奥行きを与えている。特にケレンのない透明感は、彼女の特質として讃えられてもよいだろう。描くという行為が必然性に支えられているとするなら、人が聞き取れず、見えない周波数の領域に心が動く種類の一人だと思うが如何。

 

松崎和実展ー箔画ーの魅力

誰もが一見して驚く、迫力の作品が今年も画廊を彩った。作者は去年デビューの松崎和実画伯。その折は会期中結婚式という趣向で、夫人となった小林米子画伯との二人展。今度は満を持してのソロデビューとなった。昨年の仕事が林田画廊さんの目にとまり、東京美術倶楽部「正札会」への出品とつながって、多くのプロたちの間で話題に。
箔の上に着彩、丹念にカットした作品をアクリルにはさんで額装と、簡単にいえばこうだが、薄い箔扱いは入念な用意と集中力が必要で誰にでも出来る訳ではない。かつては水墨画の世界で気を吐いていた松崎画伯ならではの気合いが、この仕事上に見事に結実した。
難しければ難しいほど彼の闘争心を刺激するのか、今展ではアロワナの群れの大作に挑戦、見事な造形美をみせてくれた。鱗の肌合いが自然な迫力を生み出し、額の底のマットに映る影と相まって水面の中に見る人を引きずりこむ。
見えない苦労もずいぶんしたと思うが、細部に神が宿るがごとく行き届いてしかもりきみが見えない。一年の間にずいぶん腕をあげたようだ。軽井沢のフレンチの名店エルミタージュ・ドゥ・タムラのオーナーシェフ田村氏の店で絵を展示させてもらったり、多くの方の前に作品をさらすことで自身も発見することがあったに違いない。
随分魚河岸にも通いつめ卸のお兄さんたちにも可愛がってもらったようで、画面の魚はまことにいい姿のものばかり。しかも新鮮で美味しそうだ。見るたびにおなかのすく絵というものも初めてだが、画伯がいかにこの魚たちを愛しているか伝わろうというもの。
絵を切り取るという、なかなか勇気のいる仕事をここまで大胆に、それも細心の注意を払いつつやり遂げた画伯の展覧会は13日まで。是非実見をお薦めする。

武井好之展―島紀行II

十月の沖縄での二人展を終えるやいなや、今展の制作にかかった武井画伯。実質1か月の時間をどう遣繰りしたのか、奇跡のように新作が揃った。
今展にあたりDMにご紹介した文は以下の通り。

沖縄の海と島影をセスナ機上から見て以来、魅せられたように通い、取材を重ねて来た武井好之。あれから はや四年の歳月が立つ。 二年前に「島紀行」と題して個展を開催。瑞々しい海と、沖縄という文化に遭遇した喜びに満ちた展覧会だった。
柳田國男や折口信夫が研究し、岡本太郎が驚き、鎌倉芳太郎が記録したかの地は、美しい自然のみならず、豊かな「人間」の宝庫でもある。今回の「島紀行」では、島を島たらしめている「人」を描くという。
回を重ねた沖縄行も、琴線に触れる「人」やものに出会う「戦い」であり、七転八倒のアプローチである。この島 の魅力と不思議に絡めとられつつ、彼しか描けない何かを捜しているに違いない。
今展にあたり、 親しく沖縄学をご指南いただいている 那知ひとし氏より檄文を賜った。謹んでご紹介する次第である。
柴田悦子

はじめに言葉があり
この次にあるのが文字だという。文字はホモ・サピエンスの最大の発明だと。
これが文明をリードして数千年。
知恵ある人々はなにかを知った ことばの前にあったもの。
それは想い。
おのおの一人一人がもっている目に見えないスピリッツ。
会いたいなぁと思った瞬間にかかってくる電話。
WHY?
瞬間に7回半この地球を駆け巡るあなたの情(こころ)。
これを凝縮せよ。
明日を生きる絵の誕生。
那知ひとし
沖縄の人を一万人描く!と高らかに宣言した画伯は、大城美佐子先生や平良敏子先生を出発点にして、長い旅路を歩き始めた。
沖縄の会期中には会場でスケッチを重ね、東京でも在住のネエネエを描き、スケッチブックは4冊になった。
だが、まだ100人に届かない。
計算すると沖縄県民の100人に一人を描く勘定になるという。
わずか10分のスケッチの間、その人の人生に触れ思いを託す。
この積み重ねの記録が、画伯の目指すところだろう。
一万人の先に何が見えてくるのか、私も伴走者として見極めてみたい。
初日の今日は忘年会もかねていたため大変な盛況。
沖縄から来てくれた仲本セイヤ氏や、NHKの収録を終えた美崎光邦夫妻、ハヤブサCGの池下章裕画伯など懐かしいお顔ぶれなどに加え、沖縄の「島思い」に勤めていたアイちゃんの三線演奏で画廊はムンムンの熱気で沖縄気分。
フルメンバーの台所部隊がくりだす、これでもかの御馳走パンチにみんなへろへろ。そんなようすを実況で。

武井好之展ー島紀行VI
武井好之展ー島紀行Ⅲ
武井好之展ー島紀行

森栄二展 スタート

11月は立体の作家のご紹介が続く。当画廊では初個展の森栄二氏は、多摩美のグラフィックデザインを卒業したあと、東京芸大の大学院保存修復彫刻コースを終了の気鋭。終了制作には安倍文殊院の善財童子像を模刻した。その後も木彫を中心に制作を続けているが

、この一、二年自宅のリ二ューアルに専心、茅ヶ崎美術館プティサロン以来久々の発表になる。

作の心境について尋ねたところ「自分でも気付けない、自分にとっての本当に大事なもの。それを探りあてるために彫り出した。」という。 樟に油絵の具で彩色された作品は、細部まで入念に仕上げられ、かすかな遠い記憶の匂いをまといながら静かに佇む。「裸の王子様」と名付けられた作品は実は女の子。すっかり男の子思い込んでいた悦子は驚いたが、シャンプーハットを王冠に見立てた洒落らしい。モデルは小さかった頃の姪御さん。かれこれ5年越しの作品という。どこから見ても完璧な仕上げ。スポットライトを使えばさらに劇的になるだろうと思ったが、ここは敢えて自然な色の仕上げを見てもらいたい、と蛍光灯の照明だけで。
にわかに違った空間になった画廊で、作品たちが絶妙なバランスを醸し出している。画廊のミニチュアまで作って配置を思案した森氏のセンスにまずは脱帽。できればこの空間は体験して、彼女が女の子だという印を確認してほしいところ。
奥様の森京子画伯も今日は内助の功、かいがいしくご接待につとめてくれた。まずは作品を囲んだ皆様のお姿を。

 

山田りえ展ー9度目の個展

待望の山田りえ展華麗にスタート

一年半ぶり、9回目を数える山田りえ展が今日から。
いつも春に開催するりえ画伯の個展だが、近年多忙をきわめる画伯のスケジュールの都合で初の秋季展。悦子から画伯へのラブレターとしてDMには以下の文章を書かせていただいた。
ー草花に宿る命のエネルギーに感応し、我が身と等価のものとして凝視する山田りえの作品には、いわゆる花鳥諷詠の情とはいささか趣きの違う強さが隠されている。花のエゴとでも云おうか、生きて繁殖していこうという天然の意思が伝える圧倒的な存在感が、美しさをも凌駕してそこにあるのである。
誰のためでもなくそこに「在る」ものに思いを寄せ、ミクロの細胞からマクロの宇宙までを内包した世界として「草花」をとらえる―絢爛とした金箔や銀線は、それらを荘厳する向背といえよう。命の不思議とその美しさ。自然界の整然とした秩序に感じ入り、その一部であることの喜びを、山田りえの絵筆は伝えている。
今展では、秋草をはじめ季節を映した作品を配し、皆様を秋の野へと誘う趣向。薄を渡る風に吹かれつつ…。ー
夏の沖縄から帰ってくると一転して画廊は濃い秋色。朱夏から白秋へと舞台は一瞬のうちに早変わり。画廊の空気は一変したが、光ファイバーにも変わって肝心のサイトのアップの仕方が一から出直し。いや~ご迷惑かけます。またまたぺこり
りえ画伯は髪をショートのウェーブにしてさながらマレーネ・ディートリッヒ。久々の大輪薔薇の前で華麗に微笑みを。絵になるお方ではあるね、やはり。これでいて自分のお顔立ちを地味だとおっしゃるのだから自己イメージは不思議。お父様ゆかりの方々に囲まれて婉然と笑む姿は、川島芳子か李香蘭?御多分にもれず魔窟と化した夜の画廊で見事な貴婦人ぶりを披露し、華麗なる山田りえ展の絵画そのものになっていたことをまずはご報告。

宮永匡和展初日

恐怖のクラッシュの後、しばし立ち直れずにいたパソと悦子。前の日記は追々思い出すとして、まず再スタートはポーランド在住、一昨年に続き二度目の登場となる宮永匡和画伯。 今展は恒例「京橋界隈」のイベントとして開催、そのパンフレットのご紹介文を。

ポーランドの古都クラクフに在住し、イコン画の修復・模写を通して得たテンペラの技法で動物や静物を描く。漆黒の地に華麗な装飾を施した金箔、ラテン語で警句を施した画面は静謐さを湛え、東洋と西洋、過去と現在を繋ぐ不可思議な景を紡ぎ出している。ポーランドの他ヨーロッパ各地で個展を開催、東京での個展は2004年に続き二度目。今展では金箔の鎧をつけた犬の衛兵他、古典的な風合いの静物などを中心に16点を発表する。
画歴
1970 大分県生まれ
1995 筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了
1995~1998 JICAポーランド派遣
1998~2003 クラクフ美術アカデミー研究生
2003~2005 クラクフチャルトリスキ美術館研究生
1993,1994 青木繁記念大賞展優秀賞受賞1996 ミシレニツェ国際美術展
2002 イェドヴァプノ国際美術展他ヨーロッパ各地で個展
現在ポーランド・クラクフ市在住

悦部屋画像トップは宮永画伯のご紹介者・野地練馬守様。ギャラリー広田美術の御曹司・廣田さんとご同席。また故加山又造先生のご子息夫人英利子さんとお嬢さんの万葵さんが華やかに。お着物は確か先生の絵になったもの‥上布に刺繍は凄い!帯も加山先生の金地の松。目がくらむような取り合わせながら、さすがは英利子さん、さらりと。夕方にはただいまテンペラの技法習得中の加藤晋画伯や個展を終えたばかりの安住小百合画伯が、テンペラの先生とご一緒に。まずは無事幕開けの様子を。
尚、長い事「悦子の部屋」を留守にして本当に申し訳ありませんでした。また、楽しい銀座の様子をお伝えしますのでよろしくね。

スパニッシュな日々よさようなら

悦子のうちで飼っているのは乳牛なので、牛といえばやさしいメスの目しかしらなかったが、二週間画廊で頑張っていたのは、スペインの男々しいブル。戦いの前の殺気を帯びた赤い目に射られて、おお~と声なき声を漏らした人も多かったはず。
そんな迫力のある存在なのに、背景の黒と赤には絵の具のタッチは見られず、染めたかのようにあっさり。絵の具が一閃するのは目と顔の周辺の少しばかりである。隅から隅まで丁寧に塗ってある絵が多い日本では、このラフさはまさに驚くべきことだが、隅々系の絵が一生伝えられない臨場感を持つことも確か。
牡牛の精気が生々しく伝えられ、狂気の時を予感させるこの作品はまさにラテンの血のもたらすもの。いやらしさもいかがわしさもない純粋な一瞬だ。
フラメンコに魅せられ、踊りを習いにいったことがある。能の序破急と似て、白昼の明るさが一転闇に変調し爆発的なカタルシスを迎える一曲の構成は、人間の色々な感情を解放する祝祭劇そのもの。
踊りは一場だが、人生は何幕も続く。イグナチオの描く作品には、その一幕のなにげない一瞬に光をあてて、かけがえの無い一瞬へと転化させる力がある。光と闇と交錯する一瞬を画布に掬い上げているのだろう。
二週間このドラマたちと共に暮らし、その静かな孤独と、乾いた明るさに、激情はあるが陰湿さのない彼の地の詩人を思いおこした。
まだ見ぬナッチョことイグナチオ・ブルゴス氏は美也子女史によるとサービス精神が旺盛で愉快なお人らしい。9月にニューヨークのM.Y.Art Prospects で開催される彼の新作展を楽しみに待つこととしよう。
準備のため帰国した美也子女史と、先般牛になってくれた神戸の小野さんによる、「Women」像とともに今展のお別れを!

安住画伯最終日

ご近所の藤屋画廊さんで「渺渺展」が開かれていることもあって、日展関係のお客さまが多く見て下さった今展。それに寄与してくれた功労者はなんといっても画伯同級生の加藤晋画伯。加山先生の資料研究にも携わっているので、現役の学生から日展の先生方まで幅広い人脈を誇る。
子育ての間しばらく休んでいた日展に一昨年から復活をはたした安住画伯、ライフワークともいえる人物像を描き注目を集めたことも記憶に新しい。先日も書いたが、故郷宮城の芸術選奨新人賞などを受けいよいよ大海に漕ぎだすか、というところ。
そんな画伯の活躍をわが事のように喜び、忙しい頃になると栄養ドリンクの差し入れ等、柱の陰からそっと応援して下さっているのがいもきん小黒夫妻。ご自分たち去年は新潟の災害の支援で大変だったのに、こよなく美術を愛するお二人はなにかと画伯たちを気づかってくれて有り難いこと。また、安住画伯もそれに応えて、奥深い作品を描いた。久々にゆっくり来廊の昨日は、作品をじっくり鑑賞。心を入れて見ている後ろ姿はいいものだ。感謝!
最終日最後の時間近くなると、万難を排して駆け付けてくれる人々が。先日来三度目のご来廊になる英利子さんはお嬢さんの万葵ちゃんを伴って。同じく加山先生クラスだった山田りえ画伯は、お孫さんにあたる万葵ちゃんに感慨深げ。今、多摩美の芸術学科に在籍しながら、加山又造研究室の重要なメンバーとなっているという。今後の研究が實られることを祈るものである。
また、絵画教室での教え子さんたちもたくさん来てくれ、優秀な教師としての実直な画伯の一面を伺わせてくれた。2001年から数えると5回目になる今展では、精神的にも体力的にも充実したエネルギーを感じた。今、静かな深みをたたえる安住画伯の黒が、奥の方でうねりさざ波を立ち起こすかもという予感も含めて、次の仕事が待たれる事である。

典雅なきもの競演

15日から日本橋高島屋八階ホールで開催中の「加山又造全版画展」のため、会場に詰めていらっしゃる哲也夫人英利子さんが、涼しげな夏の着物でご登場。六月のこの時期しか着られない紗合わせという、紗と絽を合わせた粋な着物には水紋が織り出してあり、金箔仕立ての絽に蝶を刺繍した典雅な帯と合わせて、水辺を飛ぶ蝶という趣向で。すっきりと細面の英利子さんならではの華やかで品のよい着こなしに、加山家の美意識を見る思いが。
また、コレクターの久保田氏夫妻も着物好きな方がた。夫人は画廊回りの際には必ず季節の着物を吟味してご登場、お好みは銀座もとじのテイスト。今日は琉球絣の藍の濃淡が美しい一重にうこんの織り帯という、これまた今の季節ならではの爽やかな組み合わせ。久保田夫人のおっとりとしたお人柄そのものの着こなしもまた素敵。
ご幼少の頃からお母様についてお茶お花全般の心得を学ばれた安住画伯、お着物も板についた堂々の夫人ぶりだが、今展中はマダム系で。
また、知的な雰囲気のシャンソン歌手・若林さんも交えて画廊内はまさに百花撩乱。さしもの日展大御所土屋禮一画伯、加藤晋画伯、武大人など男性群もやや照れ気味?
昨日は、画伯の郷里の母校・古川女子高の東京支部の方々が後輩のためにわざわざ。会期の一日前が、宮城県の芸術選奨新人賞の受賞式だった画伯。見事故郷に錦を飾ってご立派。お父様が同郷の能島浜江画伯も、かねて懇意の間柄。今日はその画像も合わせて。

 

 

織田有紀子画伯最終日

旦那のドクターみっちゃんと愛犬アズキを富士見に残し、優雅なホテル暮らしの日々も今日でおしまい。生まれて初めて描いたという軸装作品とともに過ごした10日間は、いつもとはまた違う緊張感に包まれていたように思う。一筆一筆が効果的な運びになる様考え抜いてかいた作品群は、ヒギンズ教授の指導よろしきを得てレイディに生まれ変わったイライザのよう。かつての野生を奥に秘めつつマイフェアレディは華麗に舞う、、。
日展にも昨年から復帰、画伯世界が、多くの方の目に触れるよう色んな可能性に挑戦すると意欲を語る。
昨日は、泉屋博古館の川口氏のご来廊。山種美術館時代に御縁のあった春彦氏と久方ぶりに出会ったとあって、話が尽きないご様子。牧ちゃんは幼なじみの美恵子さんとご一緒に、また横尾画伯は織田画伯の予備校同期とあって、忙しい中駆け付けてくれた。
最終日の今日は、田沢女史がまつりちゃんとともに。テントウ虫の模様のシャツをきて花の下でハイ、ポーズ。また搬出の時間には、昔からのお馴染み・加藤晋画伯と池田真弓画伯が登場、数寄和の社員の方を手伝いかたがた、軸の巻き方講習なども。
もうこの勢いは誰も止められないー織田画伯の軸装作品への熱い思い入れは、今後更に多くの作品を生み出していくだろう。皆様、楽しみにお待ちあれ!

幼なじみ&旅の仲間

鎌倉ご在住の幼なじみの方たちや旅で知り合った方たちのご来廊。鎌倉・御成小から御成中、七里ケ浜高そして予備校の鎌研を経て、多摩美日本画科卒という絵に描いたような道を歩まれた画伯。さすが地元の御縁が多いが、各時代のご交遊をしのばせる様々な方がお見えになところはお人柄ゆえか。
今日は、小学校からの幼なじみの皆様ー自称ハイミス五人組というらしいーのうち三人の方が。ハイミスとはまた時代がかったいい方だが、見た目はまだまだミス鎌倉で通るお嬢様がた。
手前の方は多摩美の染職科ご出身とのこと。他の科に友人が多いのも画伯の特徴。真ん中の画像の大久保宏美ちゃんは池田画伯の武蔵美のご学友であり、二週続けての登場となった。
鎌倉の海を守る会で知り合った小倉嬢はデザイナー。市民活動の中で、画家の世界だけでは知り得ない色々な方達から薫陶を受けているに違いない。
また、スリランカへの旅の仲間の方々も。本間姉とタム姉と画伯に呼ばれる彼女たち、青年海外協力隊として現地で活動している時に、画伯のお世話をしてくれたのだという。気がつけば今日もいい女たちのエネルギー満載の一日だった。

中野先生と土屋先生

画伯お留守の月曜日、な~んと京都から畠中先生のご来廊、夕方には中野先生がいらっしゃるという御大ラッシュのなか、湯島の画廊羽黒洞でグループ展中の山本隆画伯、仙崎誠画伯、手塚恒治画伯をお迎え。近所の西邑画廊では北村さゆり画伯のグループ展。このまま夜の部に突入というにぎやかな展開。
今日は今日とて日展の土屋先生、森脇先生、武蔵美ーずの先輩・大間々氏、井上氏の他、後輩の松村嬢などの面々も。
また野地練馬守と平塚美術館の郡司学芸員、美術家連盟の方のご来廊を得て美術談義がはずむ。池田画伯のお人柄の由縁であろう。

池田美弥子展の開幕

連休がすぎてから開幕しようね、な~んてB型同士なものだから今年が大型連休だったとも知らず今日の初日を迎えた。あれ~なんだかいつもの銀座と違うって思ったら世間様はまだ休み中だった次第。
おかげでの~んびり余裕の、珍しい初日だった。あたかも美弥子画伯の絵のごとく。去年取材した沖縄・宮城島の民家が描かれた100号Sの「南の木に降りる」は雲間から芭蕉の木がニョキニョキ生えて、彼の地のもつエネルギーを感じさせる作品。当地でであったスコールの激しさを印象的にえがいた「みどりの雨」など、美弥子画伯ならではの楽しい色彩が躍動する作品たちを前に、たゆたう空気にゆらいでいるとここがどこかニライカナイのように思えてくる。
神様の視点から地上の愛しい気配を感じていると、魂の幽体離脱ってこんな感じかなって思う。鳥瞰というか俯瞰の構図に画伯特有のひねりが加わって微妙な浮遊感覚を覚えさせるのだ。
時間がとまったような画廊に誘いこまれるようにいらした今日のお客人たちも、顔を横にしたり斜めにしながらこの感覚を楽しまれた。
画伯の取材地はご存じ牧ちゃんの従妹さんの家。トイレは畑という、今は珍しい昔の島の様子を伝えるところだそうだ。画伯はここに泊まって取材。その牧ちゃんからは初日を寿いで、田芋のドロワカシーとクンブイリチー、手製島らっきょうなど差し入れしていただいた。幸せそうな面々のお顔を今日は。

 

最終日ー黒猫月光氏追悼

16歳という高齢にもかかわらず、常にりえ画伯の身辺にいて画業を見つめ続けていてくれた愛猫・月光氏が昨日天寿を全うされた。
搬入の日も出かけるりえ画伯の側を離れたがらなかったという。最後はりえ画伯のもとで安らかな眠りに。合掌。
偶然とはいえ、今日はりえ画伯お父上ご葬儀の導師を勤められた雪(すすぎ)禅師と、かねて懇意の普門禅庵の見城禅師もご来廊。なにか不思議な御縁を感じる。普門禅庵にはかんのん劇場というホールがあって来月29日には、二胡の許可氏のコンサートが開催されるという。かのヨーヨーマと共演した「シルクロード ジャーニー」というCDは夙に名高い。お問い合わせは042ー378ー1707普門禅庵まで
さて完成度の高い今展の作品、小品という概念をこえる密度に驚いたのは悦子だけではあるまい。食い入るように見つめる画家のうしろ姿が多かったとりえ画伯には報告するとしよう。最終日はりえ画伯同級の松谷画伯と佐藤画伯、またご懐妊中の小林画伯も。
絵を描くことが好きだと心に確認したりえ画伯のさらなる飛躍を願いつつ。

お勝手流台所千家茶会

りえ画伯個展の間隙をついて、台所茶会派の初会が数々の名茶会の舞台となった茅ヶ崎・松籟庵で。
そもそもみそそ画伯と旅興行のつれづれに冗談で話していた台所茶会。炉はイワタニ簡易コンロ・銘「鍋之風」、釜は琺瑯引きの花柄鍋・銘「新婚」、柄杓はレードル・銘「御玉」、主茶碗はどんぶり、銘「永谷園」、茶杓はストローでできたフラッペ用・銘「逢い引き」、 建水は子供用ポリバケツ・銘「幼時遊懐」 、お菓子は鯛焼き・銘 『御頭月』など愚にもつかない事ばかり考えている私たちのいうことを現実にしてくれたのは、またしてもプリンス春彦氏。数々の名茶会の演出家である。
今回はその初会だが特別な趣向が。二月の七味会のメンバーの絵を茶室に掛けてそのメンバーの茶会デビューとしようというもの。かくして初の席亭役を勤めることとなった悦子、半東役のみそそ画伯と後見人の武大人を従えてドキドキの出番となった。
段取りの悪さを春彦さんにカバーしてもらってお勝手流にしては過ぎた道具立てではったが、無事お役目を果たし、あとはこないだの連句の続きを。ああーなんでもやってみるものー他の人にはみせられないがー恐いものが見たい方は是非!ご一緒に。

山田りえ展ー8度目の個展 はじまりはじまり

ぎりぎりの女、といえば悦子だが時として間に合わない私と違って、この方は間に合う。いわずとしれた根性の女・山田りえ画伯。 今年もぎりぎりセーフ!!の当日搬入、最後の一点は新幹線でご持参、見事山田りえの世界に。
越畑画伯との会期の合間に壁を張り替え、9年間の釘あとを消した画廊内は久々にすっきり(見えるとこだけ、だけど)。ハードなスケジュールのため画伯にしては小さめな作品たちだが、内容は濃く白い壁からその存在を強力にアピール。クリアで鮮烈な印象を与えている。
また今回は参考作品として、江戸木版の高橋工房さんから依頼のあった、千代紙の原画を展示。樋口一葉の三作品をモチーフにしたりえ千代紙は、平面のデザインという新たな画伯の可能性を切り開いた見事なもの。依頼を受けてから、たけくらべや十三夜を初めて読み、画想に苦しんだことなど微塵もかんじさせない象徴的で斬新な意匠である。するする読めないといって朗読のテープを買い、耳からも聞くという努力をしていたのは知っていたが、ここまで独自の展開をみせるとは思っていなかった。
一葉女史と同時代人で、その肖像や挿絵を描いた鏑木清方画伯とは仕事の方向は違うが、木版に起こすという千代紙作品への取り組みとして考えると、信如の残した水仙に、美登利の差出しかねた鼻緒の紅葉の友禅の布を絡ませるなどの意匠に、一葉の作品世界への同質の愛惜が感じられる。
初日、まだ作品が届かないうちからきてくれた、女性検事様たちも華やかな画伯の世界を喜んでくださった模様でなにより。ご存じ森検事氏のご同僚という亀山検事と寺尾検事のきりりと美しい立ち姿、ああ一葉女史にも見せたい!時代はかく変わった。
恒例のパーティには、台所部門初参加の鈴木摂子さんが各種お料理ご持参で。銀座で働く薬剤師さんにつき、みそそ画伯の野菜とともに健康度に優れた珍味を。牧ちゃんは昨日みそそ画伯の庭でつんだフーチバでジューシーを。つまりよもぎ炊き込みご飯ですな。茅ヶ崎組の麻子画伯たちはしらすや空豆など季節のものを。連日の激走で疲れたりえ画伯も、これら愛の珍味にいやされたであろう。

みそそな日々よ、さようなら

春は忙しい。水仙が咲き、梅が咲き、椿が咲き、そして桜だ。今年の桜は一気呵成にやってきた。自宅の近くに悦子の標準木があり、ちょっと目を離したすきにみるみる満開。
あわてて花見の準備をーといっても掃除が、、、。おり佳く、みそそ画伯という猫の手というか魔法の手があるのを幸い、深夜の大作戦開始。無事テリー佐名ちゃんご夫妻と牧ちゃん、武大人をお招きしてお花見ができた。牧ちゃんご持参のバイオリンでミニコンサートなど。三線を持たせればニーネーズになるみそそと武両画伯、バイオリンにもチャレンジ。
最近、テリーのカットスタジオに通っている山川くんも久々のご登場。めでたく佐名ちゃんと画伯と写れてうれしそう。
最終日の今日は、最近入籍した青山画伯ご夫妻とムラコ村越画伯もご来廊。お幸せのお裾わけをいただいた。
今展の作品は、忙しく走り続けたことが体力となって、一枚脱皮した印象。よく頑張った、と労いたい。ますます爆走!してみそそな道を極められるよう祈るや切。


Parse error: syntax error, unexpected 'string' (T_STRING), expecting function (T_FUNCTION) or const (T_CONST) in /home/users/web13/8/0/0241308/www.shibataetsuko.com/wp/wp-content/plugins/pagebar/class-postbar.php on line 20