齋藤隆 秩父路を行く

三年ぶりにご上京の画伯。もとより密着ご接待は覚悟の上だが、この度は、ご接待方々顔見世興行の旅。秩父三十ニ番札所法性寺ご住職ご夫妻は、ご自身達たちも絵を描かれることもあって、かねてから画伯のファン。秩父入りともなれば是非御訪ねしなければとのことで、旧知の浅見画伯と。
また、秩父ワイン社長も酒蔵を改造して美術館にする構想をお持ちだとか。懇意にしているドーベルマン村山氏ご夫妻とともにご挨拶に。コレクションや秘蔵のワインを堪能後改装中の酒蔵を見学。外は37度を越す暑さというのに、さすが土蔵は涼しい。朴訥な中に必死で秩父ワインを育てた気骨を偲ばせる社長夫妻の饗応を受けながら、こういう方たちにこそ画伯の作品を、と思う。
夕方からは長瀞一番星ミュージアムにて名画に囲まれながらの一献。星社長自慢のあれこれは話にはきいていたが、これほどだったとはと感心しながら、銚子から届いたばかりという絶品の目刺で冷酒を。昼間のワインにほろ酔いのうえ、渓流の流れを聞きながらのお酒とくればめくるめかない筈はない。ご主人の星社長が日本橋のお店からわざわざ戻って来て下さった頃には、青木繁の絵の下のソファですやすや。もちろん、人家のない秩父路にもカラオケ屋はある。今日の御宿・新木鉱泉に辿り着いたのは午前三時だったか。誰一人帰ろうと言わないのは、みんな只の御人ではない証拠?
瀬を早む音や蛍の来ては消へ  珍味堂遠見

鬼才!齋藤隆展が今日から

今日から始まる京橋界隈展、悦子画廊では齋藤隆展を開催する。二人展・四人展では御紹介していた画伯の画業も個展では初めて。ようやく十何年かの念願が叶った。
悦子がホントの小娘だった頃、齋藤隆画伯はすでにその鬼才ぶりを注目されている気鋭だった。中村正義画伯が存命中、齋藤画伯もメンバーの「異色作家五人展」という展覧会を、この画家たちが正統なんだから「正統派五人展」にしろ、といい続けたのはあまりに象徴的だが、いかにも絵を描くということだけに人生の焦点を合わせて来た画伯こそ、画家の王道をいくというにふさわしい。
今展に先立って三月にN.YのM.Y.Art Prospectsで開催された「齋藤隆展」の内容に、コンテ時代の大作も加えて画伯の十余年の苦闘を伝えるべく企図したが、企図した本人があらためてこの年月の凄さに気付かされることになった。
リアルタイムで作品を見ていたし、十全に理解していると自負してはいたが、十年たって振り返ると、作品一点一点の歩みがまさに血と汗の結晶だったという事が今さらながら見えて来た。今までの技法を捨てる、というのは言うほど易しくはない。技法が変わることで、描く対象が変わる、極端にいえば世界観まで変わる。仙人というには生臭い人間としてのエゴを抱え、山中深く呻吟したその歴史が、これらの絵だった。
これほどの孤独に耐えた線があっただろうか、と画伯の画業を反芻してみる。定時制高校を一年で中退して以来、家族ごと転々と放浪。折々の時代に、これが齋藤隆だ、としか言えない作品を制作してきた。描かずにはいられない火のような衝動に支えられた作品たちだったと。いわば「動」の時代の線は、画題によらずどれも生々しい。その「殺気」に似た執念による作品は生気があらばこそ。その生気を振払うように、ひと気のない川内村に隠者の如く移り住んでからは、自分の手の皺を見る日々だったと聞く。徹底的に人との交渉を避けて自分と向き合った時に、人は何を見るのだろうか。手の皺に、木の目に、鉄の錆に、枯葉に、蛇の抜け殻に分け入って、その風化していく様相を描く事は、「生と動」のドラマから「死と風化」のドラマへの展開を物語る。墨という素材を得て、画伯はどこか覚悟を決めたのだろう。墨をよく知る人だからこそわかる恐さに立ち向かうために。
今、川内村は青葉に彩られ生き物の力で溢れんばかりの季節だ。長い冬籠りの時期を経て一斉に芽吹く自然の息吹と同化するように、画伯の十五年に及ぶ孤独の作業は「再生」の時期を迎えたように思う。一連の仕事を時代を追うように見ていると、画伯の目線が次を目指しているのがわかる。いよいよ佳境に差し掛かった画伯が一体どこまで連れていってくれるか、楽しいような恐いような、、。
初日の今日、作品とお茶目にコラボしてくれた池田二十世紀美術館の林館長他、三十年来の戦友の方たち、野地練馬守と若い生徒さんたち等、久々の人間に囲まれてニコニコの鬼才の姿を御紹介。

 

山田りえ展最終日

悦子はじめ画伯たちが、一方ならぬお世話になっている牧ちゃんこと大山牧子女史が、最終日お友達の加藤女史を伴って再々のご来廊。
可愛らしい風貌ながらこのお方は堂々・某社の社長。先日ご友人の歌手ミーコさんがラテンのライブハウスに出演されるとのことでご一緒させていただいき、女三人サルサとサンバに盛り上がり、六本木の夜を謳歌したもの。
りえぞー画伯が鎌倉高校時代に行きつけにしていた名物画廊喫茶「セラヴィ」のご主人やお仲間も最後日に駆け付けてくれてにぎやかに。
大勢の方達にご来廊頂き、りえぞー画伯もほっと一息。毎年、努力を積み重ねてきたからこその事だが、生きる事の迫力が画面に溢れて、人に何か喜びを感じてもらいたいという画伯の願いが少しずつかなえられているように思う。これからがスタート、の思いをますます強くしているに違いない画伯に、

不肖悦子からも熱いエールを。りえ展最後の画像はラテンナイトのスペシャル画像を。(ぬいぐるみを着た悦子ではありません、念のため)

りえぞー画伯うれしい悲鳴!

連日の大盛況にうれしい悲鳴のりえぞー画伯。野地練馬守が引率してこられた某大学のゼミの生徒さん達に、画廊のお仕事の実態をレクチャアー(のようなもの)する。ちょうど、ギャラリー俊の春彦氏もいらしたので助け船をだしてもらった。
また、ビジュアル系アーティストの駒形君が浴衣姿も爽やかな美女とご来廊。違った意味でビジュアル系のいなさんも照れながら画像に納まる。最近、写真では魂を抜かれないことがようやくわかったらしい。りえぞー画伯もいい男系として、多摩美ーズ仲間のがぼちゃん画伯と小百合画伯にすりすりされながらポーズ。
蛸壷を手みやげに来廊されたのは、先日九里ちゃんが連れて来てくださった白石ご夫妻。義理堅いご来廊にスペシャルサンクスを。ちなみにこの蛸壺、悦子が抱いたまま手放さなかったので、画伯用のは別に手配して下さったそう。画廊で何が釣れるか、とても楽しみ!

りえぞー画伯応援団

昨年逝去されたりえぞー画伯お父上のご友人たちが来廊された。展覧会の度、うれしそうに郷里の同級生の方々とお見え下さったお父上。その遺徳を慕って今年も。また、お仕事関係の御友人・増田氏ご夫妻は毎年決まって薔薇の花束を送って下さる紫の人(ガラスの仮面風にいうと)。今年も見事な赤薔薇を届けて下さった。生憎りえぞー画伯はお留守だったが、お父様御縁の方々が奇しくも御同席なさるのもなにか不思議。
銀座まり緒の小川まりママとチーママがちかちゃんと久々のご来廊。その美しさにめくるめく多摩美教授の米谷先生の図といきたかったが、その他山ほど応援団の方々もいらして、画廊はまさに百花撩乱の様相。
そして忘れてはいけない最強の応援団団長・黒猫亭月光氏。展覧会中かまってもらえない淋しさをぐっと我慢して、けなげな応援。今回はその陰の男としての存在を特にご披露。

山田りえ展ー7度目の個展 華麗に開幕

お互い前日まで、ほとんど寝てない状態で当日搬入という、過酷なスケジュール。一体誰が入れたんだ!と自分に怒る。が、朝のこない夜はない、、いや必ずやってくる。ほ〜らやってきた!
最後の筆を置いたのは一体何時なのか、満身創痍の画伯を支えて、旅装も解かぬままみそそ画伯がありがた〜い大活躍。年明けからハードな予定をこなしてきたりえぞー画伯、今日の日が迎えられたのは本当に目出度い。
恒例の大画面こそないが、それを補って余りある密度の高い作品たちばかりで、最後の頑張りが如何ほどのものだったかがわかるようだ。隅々まで行き届いた神経が、これまでにない完成度となって花の命を際立たせている。小さい画面が時に大きい画面を凌駕することもあるのだなぁと納得。ただ、これも大きい画面に挑戦し続けてきた今までの経験があればこその快挙。特に「あやめ」にみる空間は、パワフルなりえぞーの世界から一転、なんとも典雅な趣を湛える。葉っぱ一枚に宇宙をみた画伯の感性が、丁度いい力の抜け方を得てここに集約したか、と。あ〜大安の日を初日に選んでよかった!
それはさて、徹夜でもオープニングパーティの時間になれば、また違う元気が湧いてくるもの。お歴々も、お仲間も、ダーリンも心から今日をお祝いしてくれた一幕をまずは御紹介。

ミソリーノとエツコリーリャの旅

安住展修了後の悦子、りえぞー画伯の会期までみそそ画伯と取材兼営業の旅に。向かうは秋に展覧会を控えた沖縄。
例によって迎えに来てくれた清也取締役の車で、まずはコザの南京食堂でお昼ご飯。人気のない街コザの、裏寂れた雑貨屋こそみそそ画伯の格好の取材地、、射的場のように隙間だらけに展示される昔なつかしのグッズに喜ぶ画伯を後目に悦子もしっかり物色。
昼間は百貨店、夜はジモティの方々と熱烈友好のハードスケジュールのなか、みそそ画伯は市場の迷宮を喜々と走りまわり不思議な世界を見つけてくる。
映画の「旅芸人の日記」ではないが食うに困ったらこの道かなってちょっぴり思う。赤坂潭亭のご主人・高木懍女史と花の鈴木ひろこ女史が丁度食材研究にいらしていて、「うりずん」での合流をお許し頂き、地元の名士・上間氏と仲田氏を御紹介いただく。もちろん楽しい三線 ナイト。最後の晩にはあの大城美佐子先生の店で、12時過ぎからフィーバー。先生を描かせていただくご了解をとる。これで風景から人物にまで幅が広がった。どうせやるなら沖縄の人をなんとか楽しませるものにしなきゃね!
明日は朝一でりえぞー画伯の搬入アンド怒濤の初日、う〜ん濃い日々やのぅ。

安住画伯最終日

 

最終日の今日は、連日ご来廊のH田パパはじめ多摩美ーズの教授米谷先生や長野から上京のアズピ画伯とドクターみっちゃん、みそそ画伯、再々登場のいもきん小黒氏など、にぎやかに。 一段と黒にも色にもあでやかさと深みをくわえた小百合画伯の、次回への旅立ちを言祝いでみんなで乾杯!いよよ華やぐ命なりけり、と充実の展覧会を振り返ったことだった。更なるご精進を!!

 

美しき応援団の方々

小百合画伯の故郷・宮城県古川市の高校の先輩たちが画伯の激励にいらしてくださった。伝統ある女子高とのこと、今もはなやかに活躍される先輩がたに囲まれ、小百合画伯もうれしそう。
画廊関係では、久々のいもきん小黒ご夫妻のご登場で、一段となごやかに。スーパーりこちゃんも美しき応援団として画廊に華やぎを添えてくれた。
画伯に絵にふさわしい華やぎにみちた一日の御紹介を。

正しいマダム道とお嬢様道

画伯の先輩にあたる加山英里子さんとお嬢さんの万葵さんのご来廊。一体何故加山クラスには美人が多い?という謎は別の機会に解くとして、マダムぶりでは人後に落ちない小百合画伯も脱帽のマダム英里子さんは、故加山又造先生のご子息哲也氏の令夫人。陶芸家として活躍する哲也氏を支えながら、みずからも画家として数多くの個展をこなす。お嬢さんは、多摩美の芸学の現役学生とのこと。小さい頃からバレエをやってらしたとか、華奢な身体に芯が通っている。
今日は、芭蕉の「静けさや 岩にしみいる 蝉の音」で知られる山寺をご実家とするマダムとそのお嬢様もいらして、品の良い雰囲気が画廊内にただよう。付け焼き刃の悦子としては、この正しいマダム・お嬢様道を今後の参考にして精進したいもの、

家族姉妹いとこ全員集合

小百合画伯のご夫君・林茂夫氏のご一家並びにいとこ連合が展覧会に。
甲府のお姉様にはいつもおいしいものをご持参いただくが、今年はご自慢の梅干し。とてもおいしい品につき皆で堪能する。
二人のお嬢さんもいらして、今日は小百合画伯を支える家族の日。いとこ会の皆さんも仲良く銀座の夜をエンジョイなさった。

安住小百合展ー百花撩乱

マダム・リリーあるいは白百合夫人こと安住小百合画伯の個展が今日から典雅に。
黒に漆を混ぜた、まさに漆黒の背景にあでやかに描かれた花々。成熟した画境は今年ますます深みをまして芳香を放つかのようだ。円窓スクウェアという変形の画面の花シリーズも八点目。それに先立つ個展で少女と蝶の作品を二点かいているが、その少女の手から飛び立った蝶々が、これら花々の間を飛び交うという趣向らしい。このシリーズが完成した暁には、さぞや百花撩乱の濃密な花園になるに違いない。
今回はこの連作や風炉先屏風ほか、庭先で丹精した花々と人物・静物など充実した作品群を発表、見応えのある個展となった。
白百合夫人とはいえ、日々の暮らしはある。特に今年は愛嬢二人の受験と、日展出品、恩師加山又造画伯のご葬儀のお手伝いと春から気の休まる間もないことだったろう。しかし、作品からその慌ただしい生活の匂いがすることはない。あくまでも凛然たる空気のもと命の輝きに満ちた作品たちである。如何に花の心に身を添わせて描いているか、思わせて余りあるところが、白百合夫人たる由縁だろう。
初日の今日は、学生時代の御学友はじめ、日展の福田千恵先生などが駆け付けてくれた。豪華なお料理は、白百合夫人のお友達のマダム・井上夫人と若松夫人の心尽くし。お毒味と称して一番堪能したのは珍味堂悦子だったかも。

藤井展大団円ー教え子とともに

昨日は先生たちを御紹介したが、今日は教え子さんたちを。
藤井ター坊氏、作陶の日々のなか予備校と陶芸教室で先生を務める。その生徒さんたちの年齢差はほぼ五十才。十代から七十代までの方達を御相手に奮戦、その人柄を愛されている。
その十代の可愛らしい生徒さんが、「先生の作品ほし~い!」と一つ買ってくださった。自分のおこづかいで買った初めての焼き物とか。なによりなにより。また、今年女子美に入学した生徒も揃って御来廊、最後に花を添えてくれた。
陶芸教室の方の教え子の石山さんは、ご主人と一緒にお買い上げの作品の受け取りに。梟の時計を寝室に置くのだとか。きっといい夢がみられるに違いない。
このように多くの人に愛されるター坊氏の作品とも今日でお別れ。明日からそれぞれのお宅に飾られる梟君やホタルイカ君や蓑虫君やかれい君たちと名残を惜しみつつ、また次回大きく育って戻っておいでと送り出す。この場所の匂い(酒?)はもう十分憶えているはず、、。

芸大恩師・先輩・同級生一同に

 展覧会も終盤を迎えた今日、芸大工芸科の御大たちが次々と。先日も茅ヶ崎・ギャラリー俊で御目にかかった教授の佐伯守美先生はじめ高橋誠先生、豊福誠先生、先輩の望月集氏などにぎやかに祝ってくださった。
 同級生の中田君や荒木君など同期の方々も丹念に今年の仕事をみて質問を。さすが、全員作家だけあって、専門的な質問や意見が飛び交い、なかなか濃い夜になった。
 陶芸科の1クラスは5人とか。ほぼ6年間、窯のこともろくろのこともお酒のことも同時に教わったに違いない。そんな年月が偲ばれる熱い男たちだった。あと何十年かたったら、この夜のメンバー全員人間国宝だったりして、、。

第二弾ー器編

ようやく到着した第二弾の作品紹介。その陶板編。

1段め左より陶板ー水上円舞ー。陶板ー竹林の親子。陶板ー森のマイペースな人たち。

2段め左より吹染蓮図大壷。吹染竹之子図大鉢。吹染ホウズキ図四方鉢。

齋藤隆展ー気仙沼にて

7月の京橋界隈展の打ち合わせ旁々、気仙沼リアスアーク美術館で開催中の齋藤隆展に。川内村から三春に帰省中の画伯をピックアップして気仙沼にいくために、朝四時東京出発。運転はご存じ・ドーベルマン運送村山氏につき、眠くてへろへろの悦子は早速毛布とお友達。一気に東北道を北上、8時には画伯宅に。画伯と合流後さらにみちのく三人旅。見事、昼食は気仙沼のお寿司に間に合うところが、プロの走り屋よのぅ。
近海もの本まぐろや名物フカヒレなど賞味後は、いよいよ超モダーンな美術館へ。お迎えいただいたのは、プリンスの名を献呈したいような美丈夫の学芸員・岡野氏。ワークショップで油画をやっているというプリンセス・磨由美ちゃんも御同席頂き、気仙沼と美術館のあれこれをレクチャーしていただく。
放浪時代の齋藤画伯の貴重なスケッチはじめ、未発表の作品も並ぶ見応えある展観は圧巻。やっぱり鬼才!の画伯、最初から凄い。真っ黒に描かれた人物は、一緒に土方の仕事をした仲間がモデルとか。何を描くか明確に分かっている人の線はやはり強い。要はこの思いの有る無しか。
感動という言葉では置き換えられない何かを呑み込んだような気持ちで辞す。確かにあるもの、、きっとその塊だったのだろう。24時間かかって振り出しの自宅に到着。ドーベルマン村山氏に感謝!!

藤井隆之作陶展

2002年の初個展以来、悦子画廊では二回目になるターボウこと藤井隆之氏の作陶展が今日から。
五月五日・子供の日生まれの氏の、博多人形のような童顔からは想像できない手練の作品が、二年ぶりに画廊で披露された。待ちきれないお客さまが開廊前から並ぶなか、残りの作品の仕上げで氏は窯の前を離れられない。留守を預かる悦子があたふたしている一時間の間に初日に並んだ作品のほとんどが売約に。
前代未聞というか、阿鼻叫喚というか、もちろんうれしい悲鳴には違いないが、しばし呆然とする。
すでに学生時代から、その才能を注目されていた氏は、大成功だった初個展後も謙虚にこつこつ精進を重ね、また素晴らしい深みを湛えた彩磁を仕上げた。ろくろの腕も、陶の上とは思えない色の発色も、日夜問わぬ努力の賜か、格段の冴えを見せている。前夜、一人で展示をしながら、この二年間に氏が窯の中で割った器の数が思われて粛然とした事だった。
このように見事に開花した才も、時間との戦いにはやや苦戦。完成度を求めるあまり、予定していた作品の半分はニ日後に仕上がるという。多分徹夜を続ける氏のために、窯のなかの神様に祈る。
氏とは多摩美ーズ後輩・藤井美加子画伯の弟として知り合った。日本画が大好きで工藤甲人先生を尊敬するという氏の、焼き肉をおいしそうに頬張る姿にほだされて初個展を引き受けたいきさつも今は昔。
見よ、かつての童子は見事若武者に変貌を遂げてここに作品を残した。洗練を加えた蓮の連作は先人の仕事と比してもひけをとらないばかりか、余人の立ち入れない世界に突入しつつある。初日を祝って駆け付けてくれた方たちに感謝しつつ画像を。

池田展ー次の旅路へ

凝縮した気の満ちた池田展。新作の親鸞像には妙好人・有福の善太郎さんと温泉津の才市さんが描き込まれている。学問や修業によってでなく、信心の心によって御仏に近付いた人たちだ。妙好人の「他力」にゆだねる心は、生かされている感謝とともにある。
中学の時に倉田百三の「出家とその弟子」を読んで感動し、その後「歎異抄」に挑戦したが歯が立たなかった記憶のある悦子も、妙好人ときけばなにか親しい感情が湧いてくるのは、その信心がよく見知ったものであるからだろう。
まして真宗の影響の強かった石見地方では、土地に深く根ざした宗教感があるに違いなく、田を耕すように画伯は自らの心を耕しているに違いない。今は母上の介護をしながらの日々と聞くが、「母を介護しているのではない、母の魂に導かれて、不思議な旅をしているのだ、、。」と。この親鸞像の作品写真を御覧になった岡部伊都子女史から「類い稀なほど美しい」とのご返信を受け取った、という。精神の深まりが絵に素朴な味わいを加えているのだろう。この一連のシリーズを描きながら池田画伯こそ妙好人の境地にいたるのかもしれない。益々のご精進を祈るものである。
さて、最終日の今日は池田画伯の旧知のお友達たちが大勢来て下さった。清水博・まり子ご夫妻、水上洋一郎・令子ご夫妻、また鏑木昌弥氏など、長くご交遊のある方たちに心入れの作品を見て頂き、まずはほっと一息。次の巡回先・富山でまた多くの方たちに見て頂けるよう祈りつつ、、。

春彦氏の情熱ー松露事件

いささか前の事になるが、「松露事件」とでも名付けたいいきさつがあった。まず、松露だが、海辺の松の地中に発生するキノコのこと。春彦氏ご幼少の頃には茅ヶ崎でもよく食べたらしく、よくご存じだった。今は珍味中の珍味となってしまったこのキノコの話題をふったのは、中野の路傍ご主人・いもちゃん。ご存じ牧ねえが摘んできた山菜のてんぷらを御馳走になった時のこと、ご一緒した春彦さんと中尾さんが茅ヶ崎在住と知ると、珍味に詳しいいもちゃん早速話題に。
その日から春彦氏、松露探しに奔走し、めでたく入手するも、足が早い松露をその日のうちに渡す手立てがない。すわっとばかりに、たまたま出会った池田美弥子画伯にリレー。東海道をひた走って画伯が悦子にバトンタッチ。そして深夜の最終受け渡しまで何本の電話が行き交ったことか。奇跡的に翌日、茶碗蒸しとなった松露をいただきながら、春彦さんの情熱にひたすら感謝!珍味道は一日にしてならず。いや、一日おいてはならず、か?
その春彦さんが今日は文化財研究所の塩谷氏を同道の上ご来廊。菊池容斎の研究をするという塩谷氏、練馬守野地氏の元同僚とか。居合わせた渡辺薫画伯とも意気投合、なんだかとても盛り上がる。実はこの後、松露のお礼にと豚の丸焼きの店に。もちろん談論風発のまま、おいちくいただいた。
十大弟子の皆様、ごめんなさい!!食欲に負けちゃいました。

 


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